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お別れくらい言わせてよ

 お友達がいなくなりました。と言っても彼女と私は出会ったことも一度もなければ、声を聞いたこともない、お互いにお互いの名乗った名前と綴った言葉のみを介して知り合っただけのお友達です。彼女は自分の名前を不躾に語られるのがあまり好きではないと思うので、今日のところは「Kさん」とお呼びすることと致します。Kさんはとても緻密で几帳面な小説をインターネットで書かれていて、有難いことに彼女も私の事をご存じでしたので、時折に彼女のお話の感想や世の幾つかの物事へのお考えなどについて、お言葉を交えた次第でした。私も恥ずかしながら綴りを嗜んでおりまして、それといればどのお話もただ不器用な女がただのそのそと生きている様子を描いたような、これっぽっちの面白さも無いお話ばかりなのですが、Kさんが綴るお話は本当に目を見張るものばかりなのです。ご紹介したいものは沢山あるのですが、中でも私はあの花火のお話が好きでした。例えるならば、ご自身の中にあった避けがたい蟠りを夜の小川に浮かべたような、そういう美しさと切なさを丁寧に折り重ねたお話を書かれるのです。そういう背筋のしゃんとしたお話をお読みするたび、私の中の未だ幼いままの心の中に、その言葉たちが残るのです。

 Kさんはご存じないかもしれませんが、私の周りにもあなたのお話を熱心にお読みする方は何名かいるのです。それはごく当然で、取り分けて驚きの無いことでございます。人を惹きつけるお話からは、引き寄せられるあなたのお人柄が滲み出ておりますから、揃ってあなたの言葉に励まされては、明日を生きる勇気にさせて頂くのです。私もそういう、数いるあなたのファンの一人でございます。

 Kさんのお名前が、私のインターネット上のあらゆるところから無くなっていることに、私は気が付いてしまったのです。のろまな私がそれに気が付いたのは今日ですが、実際には昨日か、もっと前から消えてしまっていたのかもしれません。インターネット上で知り合ったあなたは、私にお別れの一つも言わせることなく、どこかに去って行ってしまいました。私はあなたの事を人間として素敵に思っておりましたが、それはあなたの数ある側面の中でごく一部分の穏やかな部分だったのかもしれません。もしくは私があなたに勝手に抱いていた、酷く自分勝手な押し付けだったのかもしれない。私は彼女の本当の名前さえ存じ上げません。

 今日、日付が変わるかどうか曖昧になるくらいの静かな時間に、私はKさんが前に綴っていたお話を読み返させて頂きました。とても綺麗で、鮮明な文章に、私は心を打たれます。綴った言葉は正直者だと私は思う。潔いとも思う。その言葉にはあなたの人生のほんの一滴が混じっている。その一滴がこの言葉を小説たらしめて、あなたを小説家たらしめているのでしょう。小説を書く人を、私は等しく尊敬します。綴られた文字たちを、私は深く博愛します。顔も存じ上げないあなたへ、私は感謝しております。だからせめて、お別れくらい言わせてよ、と心の底より思います。これも身勝手なお願いとは存じ上げているつもりです。その愚かさも承知の上で、私はあなたとお友達でいれたことに、一言感謝の言葉を申し上げたかった。

 Kさんは今どこで、何をなさっているのか、私にはてんで見当もつきません。あるいは何をなさろうとして、何を試みようとお考えになっているのか、想像さえもできません。けれども願わくは、どこかここよりも少しだけ暖かなところで、穏やかに吹いた風が猫じゃらしをふわりと揺らしながらあなたの頬に寄り添うような、そういうところであなたが、ゆっくりと眠ることができるようにと、祈っております。

 この文章は果たしてKさんのお目に届くのか、それは私の知るところではございませんけれども、それでもいつか、Kさんとはまたお会いする機会があるでしょう。もしお会いできずとも、あなたの言葉がいつか、また私の腕を引く。

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