橋本治『草薙の剣』─上昇力と迎え撃つ力について
これは「愛の帆掛舟」という小説の一節です。
で、それが考えるということだと『負けない力』では語ります。
これは『青空人生相談所』からの言葉。
「前言はひるがえすためにある」という短い前書きから始まる『シンデレラボーイシンデレラガール』は、その“上昇力”や“現実を自分にとってましな方に変えて行く力”を自分で獲得するための動機付けを一冊を通してするような本でした。
さて本題の『草薙の剣』。私はこの小説も、上に挙げた作品と通じるものを感じました。橋本治がこの本で言うのは、「迎え撃つ」ということ。
「草薙の剣」はヤマトタケルのミコトの伝説に由来します。
ヤマトタケルのミコトは騙されて、一面に草の茂る野へ導かれ、火を放たれた。進退極まったミコトは授けられた剣で辺りの草を薙ぎ払い、集めた草に火を点ける。ミコトが点けた火は押し寄せる火を逆に押し返し、敵の炎を食い止めた。
ヤマトタケルのミコトに剣と火打石を授けたのは、おばのヤマトヒメのミコト。
人が生きるとは、気づいたらいつの間にか「一面に草の茂る野」にいるようなことではないかと思います。その「草の茂る野」は“時代”。
主人公は、「なにも特徴がないことが最大の特徴であるような男」と著者自身が語るような男6人です。主人公と言っても名前があるのがその6人というだけで、10歳ずつ違う彼らの父母・祖父母も合わせて登場人物全員を年齢順に並べてみると実際にはほとんど穴がないくらい、あらゆる年代の男女が出てきます。舞台は昭和から平成の日本。
解説でAmazonのレビューが引用されているのには驚いたけれど、確かに昭和から平成の出来事と複数の人物の人生を入れ込むには約400ページは短い。断片的であり深みがないという見方も正しいのかもしれない。でも人物について言えば、前述したように特徴のない人物であることは作者が意図的にしたことだし、歴史の出来事がダイジェスト的で「そんなこと知ってるよという内容」であることについては、読む側が出来事だけに着目すれば当然のことで、史実を題材にした某テレビ局の大河ドラマにだって言えるのでは?と思ったり。
むしろ「何が起こったか」ではない部分が重要だと思います。憑依と言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、その当時に生きてみなければわからない感覚的なこと─温度や湿度や匂いなどの、後には消えてしまうことが、自分が生きていない時代についても書けるということのほうが特異で、私が読みたいと思う理由もそこにあります。何が起こったかだけを知るなら何を読んでも同じ。でも自分の想像が及ばない部分を知りたい。橋本治の小説はそれを示してくれるように思います。例えば、終戦翌年、もちろん橋本治が生まれる前のこんな場面のような。