働く
午前9時26分、渋谷駅のA5番出口、階段を上りきった私の鼻を刺す都会の匂い。タバコが腐ったような、そんな匂い。
大学2年の夏、私はインターンを始めた。
慣れないパソコン操作、結論から始まる会話に、聞いたことのないカタカナ言葉。
ここでは、項目のことをカラムと言い、仕事のことはタスクと呼ぶ。たしかに日本語だけど、どこか異国のように感じる。まるで、私だけが観光客。でもそれでいい、それがいい。そう思うことにした。
高層ビルの17階、大理石のテーブルが並ぶシェアオフィス
もしかしたら私は、周りとは一味ちがう自分を演じることで、「場違い」を「特別」に変換して、気を紛らわしているのかもしれない。
だから私は、今日もオレンジ色のミニワンピに真緑のトートバッグを抱えて出社する。出社日の朝、無意識に奇抜な色の服を手に取ってしまう理由はきっとそれなんだと思う。
インターン先の2人の社長。
嘘みたいな経歴に、思わず口がポカンと開いて呆気に取られてしまう程の仕事の早さ。彼らの手にかかれば、数秒で誰が見ても理解できる表が完成する。私の居場所はここに無いような気がして、思わず後ずさりしてしまいたくなる時がある。
でも、それだけじゃなかった。そんな2人も蓋を開ければ、2歳の息子を持つお父さんと彼女が欲しくてたまらない独身貴族。いつも、私がまだ足を踏み入れていない世界の面白い話を聞かせてくれる、素敵なお兄さんだった。
渋谷も仕事の出来るビジネスマンも、きっと傍から見たら場違いな私も、全部案外悪くない。頭ごなしに毛嫌いしてはもったいない。私はこの知らない言葉だらけの異国で、しばらく夢を探してみることにした。
19:30。片耳の折れたうさ耳をつけて、道ゆく人に飛び跳ねながら話しかける女の子達を横目に、私は今日もA5番出口の階段を降りる。
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