見出し画像

【書籍紹介】臨床と宗教 死に臨む患者へのスピリチュアルケア

あるとき若い学生に
「先生にとって、死とは何ですか」と単刀直入に聞かれ,
どう答えようかと困惑したことがあった.
医学的な死について説明するのは容易いが,ここで聞かれていることは〈私〉にとって死とは何かという問いであった

医療に従事される方は患者さんがより長く、よりよく生きられるように日々苦心されていることと思います。
しかし、患者さんの余命がわずかになってしまったとき、医療としてできることは限られてきます。

「死」という圧倒的なものの前では医療は無力かもしれません。
しかし、患者さんのそばにいるものとしてできることはないのか。
本書は、それを探るためにプライマリ・ケア医の先生と宗教・死生学の専門家の方々との対談をまとめたものとなります。

A5判 203頁 2,500円 +税

死に触れる機会のある医療者だからこそ

宗教と聞くと皆さまどんなイメージを持つでしょうか?
怪しい、胡散臭い、自分とは関係のないことだと思われる方も多いのではないかとも思います。

しかし、お盆にお墓参りをしたり、新年に初詣に入ったり、多くの日本人もしっかり宗教に触れる機会を持っています。日本人の宗教観については創唱宗教と自然宗教というかたちで本書でも解説しています。

ひとつ想像してみていただいたいのですが、
もしあなたが亡くなってしまうとき、お葬式はどうしたいですか?
遺骨はどうされたいですか?
それがあなたのご家族の場合だったらどうですか?

死んでしまえばもう関係ないのだからどうなったってかまわない、と言える方はほとんどいないのではないかと思います。
そこにあなたの宗教性があるはずです。

科学技術が発展して、宗教なんてあやふやなものは役に立たないと切り捨ててしまうとするなら、死を前にしたときに何を考えるのか。
患者さんをお看取りする機会がある医療者としてはもちろん、人生を歩むうえでも考えの奥行きを広げてくれる内容となっております。

人として、医療者として

本書は対話ベースで易しく死生学・宗教学を学べる本となっておりますが、章ごとに新たな発見があり、シンプルに読み物として楽しんでいただけるものとなっております。

各章の聞き手となった孫大輔先生が本書冒頭の「はじめに」で章ごとの内容に触れていただいているので、一部抜粋いたします。

 第一章「医療者が考えるべき日本人の宗教観」は、プライマリ・ケア医であり死生学の研究もされている井口真紀子氏との対談である。内容は日本人の死生観、スピリチュアルケア、グリーフケア、死別の社会学などに及んでいる。医師として答えのない問いにどう向き合うか、死生学を医師が学ぶ意義などをプライマリ・ケアに携わる医師二人が論じており、本書の導入となる部分である。

 第二章「医療からこぼれ落ちるもの」では、融通念佛宗僧侶であり龍谷大学教授の森田敬史氏と対談している。ビハーラ僧としての経験、臨床宗教師が生まれた経緯と今後の課題、日本人の宗教観、共感と受容、宗教にできることなどを論じている。臨床宗教師の育成にも従事する森田氏の論点は、仏教という特定の宗教に限らず、臨床宗教の医療との接点や今後の発展可能性など、広い視野で考察するものとなっている。

 第三章「無限の闇を前にして」は、横浜聖霊キリスト教会牧師であり明治学院大学教授の深谷美枝氏との対談である。キリスト教の世界観、十字架とアガペー、病院チャプレンの現状、スピリチュアルケアとパストラルケア、キリスト教の霊魂観などを論じる。とくに、神義論あるいは弁神論といわれる「沈黙する神」の問題とともに、20世紀神学の到達点についても話が及び、主にキリスト教という観点から臨床との接点について洞察を深める。

 第四章「スピリチュアリティを辿る」では、宗教学者で上智大学グリーフケア研究所客員教授の島薗 進氏をお迎えしている。日本のスピリチュアリティの変遷、水俣病問題、グリーフケア研究所の設立経緯、「悼む」という言葉、死に臨む医療者の主観と客観などに話は及んでいる。日本を代表する宗教学者である島薗氏の話は、日本におけるスピリチュアリティの変遷の歴史を概観しつつ、その観点から医師と死の臨床、医師とグリーフケアのあり方などについて論じるものとなっている。

 第五章「雲は死なない」は臨済宗・ベトナム禅宗了観派 比丘のブラザー・サンライト氏との対談である。ティク・ナット・ハン師とマインドフルネス、日本的な瞑想とマインドフルネスの違い、インタービーイング(相即・相互存在)などを骨子としつつ、マインドフルネスを世界的に広めた第一人者であるティク・ナット・ハン師の教えを中心に解説している。「雲は死なない(A cloud never dies)」とは、インタービーイングの教えをティク・ナット・ハン師がわかりやすい言葉にしたものであり、いわゆる「空」あるいは「諸法無我」の思想に通じるものである。

 終章「臨床と宗教 スピリチュアリティのかなたに」は、以上の対談を踏まえて、改めて私が考える臨床と宗教/スピリチュアリティとの接点について、医師が宗教性を考える意義などについて論じている。ケアの行為とスピリチュアリティ、多死社会と死生観などに加えて、神義論の現在、民藝運動と利他、「かなしみ」のスピリチュアリティ、魂といのちの問題などについて、私の思うところを述べている。

編集部目線の編集後記

本企画はもともと月刊誌「治療」で連載していた企画を、再編集・追加収録してまとめたものとなっておりまして、一部は本noteでも公開しておりました。

企画のきっかけはたまたま「臨床宗教師」という資格の存在を知ったことでした。プライマリ・ケア医はゆりかごから墓場まで診るのだとよく耳にしますが、死生学や宗教というのは家庭医療にもすごく親和性があるのではと思いました。看護師の方などケアをする視点のある医療者にとってはとても重要なものであろうと思います。

各対談は私も息をひそめて参加しておりましたが、本当にどの収録も面白くて、言葉だけではない、話す方それぞれの雰囲気の違いを肌で感じたのも興味深かったです。

一応、医療従事者の方向けの本ではありますが、リベラルアーツとして誰でもためになる内容となっており、私自身も本を作りながら「良い読後感」に包まれておりました。
読み物としての本となりますので、医学書っぽさを抑えて、できるだけ一般書に近づけようと、縦組み・右開きにし、紙はクリーム色に寄せたものを使っています。カバーもやさしい触り心地にしたくて紙の素材感が出るものにしました。
随所で加えたイラストも良い味出してます。

本の目次

医療者が考えるべき日本人の宗教観
孫 大輔×井口真紀子(プライマリ・ケア医 死生学研究者)

 家庭医が死生学を学ぶ
 日本人の死生観
 学ぶ機会のないスピリチュアルケア
 医師としてのトラウマ
 死者と生者の継続する絆
 グリーフケア
 多様化する死生観
 死生学のすすめ
 臨床宗教師が生まれたからこそ医師がやるべきこと
 マクロで考える死生観
 医師は死生学をどう学ぶべきか
 医学とは異なる知のあり方
 答えのない問いへの向き合い方

医療からこぼれ落ちるもの
孫 大輔×森田敬史(融通念佛宗 僧侶)

 ビハーラ僧の仕事
 臨床宗教師が生まれたきっかけ
 日本人の宗教観
 臨床宗教師のこれからの課題
 寄り添う相手 理想と現実問題
 成果を求めるアプローチの限界
 宗教に何ができるか
 医療と臨床宗教の親和性
 スピリチュアルケアを誰が担うのか
 宗教の価値を認めてもらうための道筋
 臨床宗教学が超えるべき壁
 共感と受容
 テクノロジーが進んだ今だからこそスピリチュアルケアを

無限の闇を前にして
孫 大輔×深谷美枝(横浜聖霊キリスト教会 牧師)

 カトリック? プロテスタント?
 若き日に感じた人間の死
 教師とキリスト者としてのキャリア
 イエスはメシア=キリストである
 キリスト教の世界観
 十字架とアガペー
 病院チャプレンの現状
 スピリチュアルケアとパストラルケア
 スピリチュアルケアの専門職
 佇んでいく力
 自分の中の悪
 キリスト教の霊魂観
 苦しみによる連帯
 瞑想から得られるもの
 介護の苦しさ
 20世紀神学の到達点

スピリチュアリティを辿る
孫 大輔×島薗進(宗教学研究者)

 日本のスピリチュアリティの変遷
 水俣病問題から立ちあがったスピリチュアリティ
 病院から在宅への移行で変わる病の捉え方
 グリーフケア研究所ができるまで
 「悼む」という言葉
 死に臨む医療者の主観と客観
 医療者が自身を守るために

雲は死なない
孫 大輔×ブラザー・サンライト(臨済宗・ベトナム禅宗了観派 比丘)

 ティク・ナット・ハン師とマインドフルネス
 日本的な瞑想の強い集中力
 日本的な瞑想とマインドフルネスの違い ─念・定・慧─雲と4つの果実
 安らぎの場所
 孤立が進む世の中
 命の引き継ぎ方
 周りに癒しを与える人
 グリーフを経験して

終章 臨床と宗教 スピリチュアリティのかなたに
孫 大輔

 医師が宗教性について考えるということ
 宗教性のアクチュアリティ
 多死社会と死生観・スピリチュアリティ
 なぜ「悪」は存在するのか
 柳 宗悦の民藝運動と「利他」
 「かなしみ」のスピリチュアリティ
 霊性、魂、いのち
 死と生きがい─スピリチュアリティのかなたに

連載も含めるとかなり長期の企画だったのですが、その間に自分や身内で体調を崩したり、病院にお世話になったりすることがありまして、そういうときに沁み入る内容がすごく多かったです。ぜひ多くの方に読んでもらいたい中身となっておりますので、手に取っていただければ嬉しいです。

文責:編集部 カーター

リンク
南山堂
版元ドットコム
Amazon
楽天ブックス
電子書籍
医書.jp
M2PLUS


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?