九官鳥


九官鳥(きゅうかんちょう)

二十日目(南窓の風景)

人間という生きものはつくづく面白いものだ。
このところ連日あたしのところにやってきては、あたしのことを研究対象の生き物だからなどと、あーじゃないこーじゃないと、やいのやいのやっているのさ。

奴らは知らなくていい事って物が、この世の中にはたっぷりあってどんなに考え込んでも、とっくり解らないものがどっさりあるって言うのを知らないのさ。
おまけにあたしが言っている事には聞くことをしないし。

あたしなんかにしてみれば、こいつらにあちらこちらをいじくられるのが、いやでいやでしょうがないのだ。
大体にしてあたしの足と、鳥かごに取り付けられた銀色の鎖が粋じゃぁない。
残念ながらあたしはここでの生活は嫌いだけれども、ここから逃げる気など今のところさらさらないのだ。
見極めるまでは。

ほらほら、こんなことを言っているそばから人間のガチャガチャした声が大きくなってきたよ。
壁に取り付けられたアラームがけたたましくわめきだす。
赤いランプが光る。
この部屋の扉の緑色の扉が大きくきしむ音を立てて開くと、そこをくぐって猫背のあいつらがゾロゾロ何かの虫の隊列のように入ってくる。
するといつものようにあたしの大好きな南側の窓の前にずらりと立って、あたしの方を見ているのだ。あたしの大好きな南側の窓の前を白い服を着た人間たちの壁ができあがる。
まるっきり見えなくなったのさ。
大好きな窓が。
奴らはやれ研究だ、また研究だって言っているよ。
あたしにしては勘弁してもらいたいところさ。
奴らがこの部屋に入ってくると、まずみんなであたしの取り扱いについての注意をするのさ。
「騒いで興奮させるな」だとか
「羽に触るな」だとか、ばかばかしいことをね。
そうして、いつものように少し髪の紅い白い服の人間があたしの鳥かごの扉をそっと開けてね、ゆっくりと優しくあたしの体を抱きかかえる。
それで鳥かごの横に置かれている止まり木にそっと置くのさ。
あたしはいつも思うのだが、この少し髪の紅い白い服の人間のあたしを扱うさまが好きでね。
何て言ったらいいのか、その扱いはとても丁寧なのさ。
そんな扱いにあたしは気をよくしてね、いつものように一声奴らの頭の中に向かって
「元気かい?」って、サービスをしてやると。
人間たちは
「おぉ」だとか
「ほぅ」だとかっていうのをいつものように、大げさに同じ言葉を繰り返すのさ。
あたしはそれを聞いて
(どちらが九官鳥だかわからないねぇ)そう思うのさ。
あいつらの会話を聞いていてさ、そう思うようになったのだけれど、どうやら普通の[九官鳥]って言うのは何も考えられなくなって、ただ人間の言葉に反応して相槌を打ったり歌を歌ったり、頭の中に言葉の音を送り込められない存在なのだそうだ。
けれどね、実はあたしだけじゃあなくってね。
奴らのしゃべっている事だろうが、思っている事だろうが、[九官鳥]はおろかこちらの世界ではすっかりわかっているのさ。
何せ人間のおしゃべり言葉なんて言うのは、あたしたちの世界の言葉なんかよりよっぽど単純なものだからね。
あたしはあたしたちの世界からこちらの世界に警告をわざわざ届けにやって来たのだけれども、こいつ等ときたら自分たちが賢い王様の気分なのだわ。

壁のブザーが鳴って、壁の赤ランプが消え人間たちが姿を消したころ。
大好きな南側の窓は人間の匂いで濁っている。

二十一日目(間抜けが居る風景)

「あたしの名前なんて言うのはお前さん方からしたら、まるっきりさっぱりどうでも良い事でしょうよ」あたしは完全に拒否をする。
そうはいっても実のところあたしは自分の名前をあまり気に行ってなかったのでね。
言いたくなかったのが本当のところだ。
子供の頃、この名前でよーくいじめられたもの。
それにしても人間というのは余計なことを根掘り葉掘りと聞いてくる。
あたしはそんなことを言うためにここにやって来たわけでも、飛んできたわけでも無いのにさ。
奴らは肝心な話を私がしていても、まるっきり聞きやしない。
こいつらはきまって私の話に「ほぉ」っと、相槌を一つ打つと、ニヤニヤしている。
挙句の果てにはどうでも良い事を聞きたがる。
この間なんかはさ、夜中に白いのを着た二人組がやって来たかと思うと(もちろんあたしは寝ていたのだけれども)あたしのいる鳥かごを杖だか棒だかでうちつけて。
「とりっ!おまえは、雄なのか雌なのかはたまた中間なのか?どんな手品で話をしているのか?どんなんだ!」顔を赤色に染め上げた白い服が聞いてくる。あたしはがっかりするのを通り越してあきれたよ。
「お前は本当にくだらなくて下品で、あきれますね」正直に思ったことを伝えると、赤色に染まっていたはずの顔が、みるみる黒くなっていってね。(顔の色を赤だか黄色だか黒だとか、変色動物の様で気味が悪かったよ)
「このやろう」とかって言葉をわめいてあたしの鳥かごは倒すは、手足をバタバタさせて暴れていたね。
それを見ていたもう一人は顔を青くして、暴れている黒顔を羽交い絞めにして大声で他の人間を呼んだのだ。
そのおかげで私は殺されなくて済んだのか?まぁ死にやしないけれどね。
きっと。
でもね、この一件以来あたしは、こいつらの事がさっぱり理解できずにいたよ。
こいつらは凶暴だしね。
本当にくだらない。
あたしはここに来るまで、この人間と言うのを知らなくてね。
仲間にこいつらの事を色々聞いていたのだけど、あまりと言うか、まったくもっていい話の一つも聞くことはなかったよ。
緑色の物知りの猫に聞いたら、
「あいつらは、自分が食べる以上の狩りをするのです。それをこいつらは蓄えって言葉でごまかす」
本当に賢い動物なのだろうか?
頭に花の咲いた鳥に聞いたら
「あやつらは、順番をつけるのが大好きで、仲間の間でも順番をつけたがる。そのためには同族殺しもやるのだよ」
本当に利口な生き物なのだろうか?
魚の子供に聞いたらさ
「あれらは、全部が自分のものだと思っているんだ。自然も生き物も。川の流れを変えて、森を荒らしてほかの星にまで手をだして。挙句の果てには毒をまく」
本当に知恵のある生命なのだろうか?
こいつらにはもれなくピンチが迫ってきている。
あたしはそれを教えにここにきている。
こいつらはあたしの言葉を聞くことはない。
何度も何度も訴えているのに。
それは私の他にも訴えていた事でしょう。
彼らの都合の悪い言葉は彼らの耳には届かない。
本当にこいつらはまがぬけている。

実は私の名前は[まぬけ]と言うのだけれどもね。
こいつらには絶対に内緒だ。

五十二日目(歯磨きの風景)

あたしが居たところについて伝えたところで、あなた方にたどり着けるわけではないのですよ。
何度も何度もあたしはそう伝える。
あたしの住んでいたところは[否定]という街、[全身]と言う国。
もちろんこの世界の地図のどこにも、その街は書かれていないし載っていない。
あたしの住んでいたところはこの場所にいる人たちには見る事ができないのですから。
地図なんて物に載るはずはないのです。
人間達にはそのことについて、幾度も幾度も繰り返し説明をさせられるあたしは、たいがいにうんざりしている。
多分こいつらにはあたしの言葉はさっぱり理解できないのでしょう。
理解しようとしないのでしょう。
しまいにはインチキだとか、物まね動物だとかって言いだす始末。
そうしてこいつらはあたしより自分たちの方が上の生き物だと思いたいようだった。
多分そうなのだろう、だからこいつらはあたしの言う事を真に受けないし理解できないのだ。
生き物を比べても仕方のない事を理解していない。

こいつらはとんでもなく愚かな生き物だ。
こいつらは悲しいぐらいに愚かな生き物だ。

あたしはこいつらの一人に、こんな質問をされたことがあった。
「あなた。もしくはあなた達は道具と言うものを使えるのか?もしくは使ったことはありますか?」とね。
あたしはおかしくなってゲラゲラ笑ったよ。
おかしくて涙を流しながら。
「あなた方は、どうしてそれを使う必要があるのだい?」と、嫌みのつもりで言ってやったのさ。すると白い服を着た一人が薄気味悪いニヤケ顔をあたしに向けて、
「あなたは、私たちの言葉を理解し、また使え、そして異様な手段で伝えてくるわけだが、道具の一つも使えないのだね」
あたしはこいつらが(この時に限っては、こいつだけだったのかもしれないが)本当に哀れに思ったよ。
言葉すらもまともに使えないものに、道具なんかが使えるわけがないと思ったからね。
まぁ、ここに来る前に黒い塊の博学者に
「あそこの者は、自分たちの同族を殺す道具を作っていて、あたり前のようにそれを使う。それどころかより多く殺す道具を作るのに競い合っている」って聞いていたからね。
悲しくても驚きはしなかったよ。

たぶんこいつらは哀れで愚かな生き物だ。

必要以上の道具なんてものは、自分を退化させる物にすぎないのさ。
自分たちの首を絞める道具なんてもっと理解に苦しむ。
必要な物なんて歯ブラシかなんかが、あればいいのさ。
生きていくうえで最低限のものさえあれば。
だから、あの薄気味の悪いニヤケた顔の人間の前で、自分の頭に翼をあてて。
ゴソゴソやって中から一本歯ブラシを取り出してね。
ごしごし音を立てて自分の歯を磨いてやったのさ。(正確にはくちばし磨きだけれどね)
その時のあいつの顔ったら可笑しくてさ。
猫の尻尾をネズミがブラッシングしているのを見た時のような顔をしていたのさ。
しまいには、壁のアラームが鳴っているのに
「そのブラシは、ど、どんな理由で何にどうやって使うんだい?」なんて頓珍漢なことを言うからさ。

あたしはフフン?と
「あなた方は、歯ブラシで何を磨くのだい?」って聞いてあげたんだ。


六十三日目(鐘が鳴る風景)

「[お金]?それについて、あなた方は聞いているの?[お金]?[紙幣]?[通貨]?あたしたちには概念自体のないものね。あなた方の言う[お金]って言うのはどんな仕組みなの?」白い服の人間たちは私の大好きな窓の前でしかめっつらをもっと醜い顔へと変えていく。
彼らは扉の外へ出ていくとやいのやいの言っている。
しばらくすると再びあたしの前に現れ、そこでその続きを始める。
やいのやいのとね。
あたしはその様子にうんざりするのさ、いつもがいつもこんな調子なのだもの。
少し時間がたった頃、あの顔の色をコロコロ変えた白い服があたしの前にやってくる(そう、あたしのかごを倒した人間だ)
「そらぁお前、[お金]は生活を豊かにしていく、また、平等に飯を食ってく為の仕組みに決まっているだろう。そう言う仕組みに、人間は[価値]を見出しているのさ。まぁお前みたいなものにどこまで理解できるかわからんがな」この人間達はあまり物を考えたりしないのだろうか、先ほどからの長い会議で導き出したものはこんな事しかなかったのか?
はたまた私に言っても理解しないだろうという事なのだろうか?
あたしはがっかりしながら
「少し聞きたいのだけれどもイイだろうか?」
白い服の人間は何を問いかけられるのだろうかとビクビクしてキョロキョロしている。
そこにあたしはズドンと話しだす。
「あたしは今まで自分の食事を摂取する行為について、[お金]だなんて思ったことがないものだからね。良かったらあなた方の言うところの[お金]と言う名の食事の様を見せていただけないだろうか?」
白い服の人間たちはみな顔を見渡す。
中には少し笑みを浮かべて指をさしている人間なんかもいる。
そんな中、少し髪の紅い人間が
「先ほどの話は、少し極論でしたね。わかりづらくてすみません。私たちの暮らしの中には[通貨]と言うものがありまして。それを用いると[名誉]と言うものが手に入ったり。それこそ[ぜいたくな暮らし]をしたいなんて人もいるでしょう。[お金]があれば何でもできると勘違いをしている人も多くいます。うまく言えませんが。その、あなた方には[お金]って概念がないのですよね。あぁ、気を悪くしないでください。悪い意味で言っているわけではなくて…。多分、必要としていないのですよね、[お金]なんてものを。自然、自然の中では生きるために必要ではないですものね」
少し髪の紅い人間は、必死に言葉を紡いで紡いであたしに説明をしてくれるのさ。
けして上等な言葉の言い回しではなかったかもしれないけれど、あたしの心には響いた。
鐘が鳴るように。
「あなた方には申し訳ないのですが、今から私はこの人間としかお話しすることはないでしょう。理解できました?」伝える終わりにニタリとしてやった。
人間たちはすごい勢いで慌てている。
紅い髪の人間を他の人間が取り囲む。
「お前のせいだ」「なんてことをしてくれたんだ」「お前はわかっているのか」
つまらない事をやいのやいの
それを見ていて本当に嫌な気分になってね。
「最後に忠告ですが、あなた方こそがまるで[価値]のないものなのですよ。例えばあなたたちが今している事は[お金]を得る行為なのですか?その行為は生活を豊かにするための事なの?」とね。
そう尋ねると彼らは肩をがっくり落としてこの部屋から出ていく。

ここから先は

9,783字

¥ 150

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん