九官鳥(5)

六十四日目(輝ける風景)

「あなたには、あたしのことで迷惑をかけたようですね」あたしの話に少し紅い髪の人間は、首を横に振っているだけ。
「どうかしたの?」そう聞いてもその様のままだった。
「すみません。どうもしません。大丈夫です…」
「どうもしないということは無いでしょう。あなたの様子は、明らかにおかしいよ」
少し紅い髪の人間は
「あの。すみません。うれしいのです。あなたとお話ができることが。だけれどあなたの機嫌を損ねたら大変なことになるのではないかと…。そう思ったらなんだか声が出なくて…。」
うーん困った。
機嫌云々の話をされてしまうと…、自分の感情の機微をコントロールしたことなどなかったので、ほとほと困ってしまったのだ。
なんて言葉をかけたらいいか思案していると、紅い髪の人間の小脇に抱えられたものがあたしの目に映ったのさ。
「ねぇ、あなた。その小脇に抱えているものは何かしら?」すると紅い髪の人間は、パッと顔を輝かせて
「ああ。すみません。これはあなたとの話で役に立てばと思って持ってきたものです」
うんうん。
あたしが聞きたいのはそこじゃない。
「いやね。[話の役に立てば]ってあなたが言うものが、あたしには分からないものなのですよ」
不思議な感じ。
あたしはこの紅い髪の人間には、自然と分からないものをわからないと伝えられる。
他の人間には、物を尋ねることなどありえなかったから。
紅い髪の人間は少し悩んで
「ああ。すみません。これは[新聞]と言うものです。これには昨日おこったことが書かれているのです」そんな説明に言葉を選びながら。
おそるおそる。
顔は輝いたまま。


多分それには[文字]が絡んでいるのだろう。あたしは[文字]のやつらがとにかく苦手だ。
あいつらは、あたしのことを置き去りに話を勝手に進めていく。
当然この場所に訪れてから後の話なのだけれど。
あたしがここに現れていろいろな人間がやって来た。
マルイの。
赤いの。
臭いの。
苦いの。
光っているの。
光っていないの。
四角いの。
どんな人間もここへ来ると、きまって
「これが例のアレなのか?」
「本当に例の本物なのか?」
「この例のやつがそうなのか?」
そんなことを言い出してくる奴には、あたしは黙って人間たちの様子を観察してやる。
そんな様子のあたしに
「論文に書いてあったものとずいぶん違うではないか」
「報告書にはこんなこと書いてなかったぞ」だとか。
「雑誌にはそんなこと載ってない」
そういう文句の音を2,3と、緑色の扉の大きくきしむ音とを立てながらここから出ていくのだ。
白い服を着た人間たちは毎回その様子にがっくり肩を落とし、毎回がっかりした表情をその顔に浮かべる。
毎回隠す様子もなく。
「今回の人は、本物だったのに…」
「今回のスポンサーは、滅多にいないのに…」
「今回の企業は、一流だったのに…」
きまって最後に
「お前ときたら」を付け加える。
それに対してあたしは、
「あたしには関係のない事ですしね。あなた方には申し訳ないのですが」必ずそう言うことに決めている。
人間もその事を知っているから、あたしの言葉を無視するように決めている。
だけれど人間は、あの[文字]の書いてある何かを叩いている。


そんなものだから、あたしは[文字]ってやつが心底嫌いになったのさ。
そう言うあたしの気持ちなぞ、この紅い髪の人間は知らないのでしょう。
今でもその顔にピカピカの笑顔を輝かせているままなのだから。



ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん