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「答え合わせ」の旅⑩

失われた強靭な心


傷心のアジア人、詐欺に遭う

ここか。真っ白でお城のような作りのLeonardo Boutique Hotel。
散々人権だのダイバーだのなんやのかんやの主張の激しい欧州のくせに5段以上の階段からスタート。
へとへとの気力は握力の足しにもならず、約20㎏の荷物をなんとか持ち上げた。フロントについた。

Leonardo Boutique Hotel。こちらに4泊。

服の内部に隠していたパスポートをごそごそ取り出し、上下パンツスーツのフロントのお姉さんへ「Hi!」と呼び掛け、手渡した。
パソコン画面をカチカチとパスポートを見比べ、お姉さんはパスポートを返しながら口を開いた。
「○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※」
さぁきた。やはり「Hi」以上の意思疎通はできない。
ずっと首を傾げ、ん?ん?と言って困り笑いで対応。向こうも伝わってないことを感じてきているが、まぁいっかって感じでしゃべり通される。
散々しゃべり倒したら、クレジットカードリーダーを指して「○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※」と。
何のことかわからない。しかしそれがクレジットカードを読み取る機械なのは知っている。スルーしようとしたがしつこく指さしてくる。
財布からクレジットカードを取り出して首を傾げてみると、そうそうと頷いてきた。

まさかカードをかざせと?金がとられてしまうではないか。
リーダー画面には詳しくは忘れたが50ユーロぐらいの数字がもう打ち込まれている。えーっと1EURO150円だから×50は…って英語どころか日本円の計算もすぐできない。でも決して安くない金額なことはわかる。
JPYとEUROを選択してねってまた指で教えてくる。
これは知ってる、どっちの通貨で払うってやつね、基本EUROで払ってよしと見た気がするのでEUROを押す。ずっと指をチョンチョンやってくるので、仕方なしにタッチ式のクレジットカードをかざすと悪魔の音色がして金と生気が一瞬にして吸いとられた。

詐欺だ。こんな言葉もわからない傷心のアジア人を狙うなんてひどいじゃないか。認知症の高齢者を狙った詐欺と一緒だ。

という気持ちだったが、一つ思い当たる節がある。
ここアムステルダムではホテルで市税をプラスで払う必要がある。たぶんそれだ。膨れ上がる観光客の抑制にと、宿泊税にプラスさせ観光税のようなものを徴収する仕組み。大体宿泊料金の数%、この%は市によって違う。
スペインのバルセロナ市も同じくで、わけのわからない料金をホテルで請求されるのは経験済みだった。つくづくスペインに行って良かったと思う。
すべてがこの旅の土台となっている。

あとで調べたことだが、アムステルダム市のこの観光税は世界でもトップクラスと言われてる。宿泊料金の7%とられ、さらに2020年から+3ユーロの上乗せ。狂ってやがる。
ちなみにその%をかけられる数の宿泊料金は驚く無かれ。1泊2万5000円以上。広さ?アパホテル並みかそれ以下だ。20㎡以下。浴槽なし。狂ってやがる。それが4泊。…ぞっとする。自ずと観光税の金額もこんくらい高いってわけ。

詐欺に遭った私はまだ目線を下にぶつぶつと50ユーロを日本円に計算していた。(まだ答え出ないんかい)
「Do you like chocolates?」
と聞こえた。一拍、いや二拍以上おいてから脳内で翻訳される呪文は、私も昔魔術学校で習ったことがある呪文だった。久しぶりに理解した英語に脳が驚いて顔を上げる。YESと答えると、その詐欺のおねえさんは色とりどりのアルミホイルで包まれたチョコが詰まった袋を笑顔で渡してきた。

市税なのだと薄々諦めつつも、50EUROがこんなそこらへんにあるチョコにとって代わるなんてあんまりだ。せめてリンツのチョコをパンパンに詰めて2袋はくれ。
こんな疲れてるのに金までむしりとられた。とんだ国に来てしまった。

お疲れ様。

チョンチョン攻撃からようやく解放され、ルームキーを渡された。
しかし、これでようやく今日から4日間は私の居場所ができた。スケルトンのエレベーターに乗って4Fへ向かうとしよう。アラビア数字を世界共通にしたのは誰だろう。やっと理解できる文字列が書かれた部屋を見つけ、ホッとする。

ガチャリ。部屋を開ける。鍵をかける。スーツケースを壁の端に転がす。バッグをおろす。コートを脱ぐ。それをどっかに放り投げる。「待て、待てだよ~」と心で自分に号令をかけながら手洗いとうがいを済ませ、ベッドへ腰掛け、やっと「ヨシ!」
目線は水平から天井をなぞり後頭部は弧を描いてベッドに着地。天井を見上げ、あーーーーっと一声。
いまの私からも言わせてください。本っ当にお疲れ様でした。

しばし無になったが、パッと起き上がり、ごそごそと変換プラグと延長コードと充電器を取り出し、コンセント口を探して挿す。
スマホの充電開始。現代ではスマホがなくては旅はできぬ。

もっと散らかる前にとルームツアー配信開始。
さすがインフルエンサー、需要をわかっていらっしゃる。ふて寝宣言したところで配信を終えた。
しばらくあーあーうーうー言いながらジタバタし、頑張ったよ頑張ったねぇ…と褒めたり、つらいよねぇ!と同情もしてあげる。鼓舞するのも自分しかいない。
眠れるほど副交感神経は優位ではなく、しばし見知った日本語のSNSを見て傷を癒した。でもやっぱり真面目さん。次の計画を考えねば。

今日ザーンセスカンスに行かないとなると、どこにずらそう。
諸般の事情であと3日しかこのアムステルダムには滞在しない。明後日はアムステルダム市内で各種チケット予約済みなのでずらせない。土曜と明日の予定を交換?いや土曜に明日の場所は行きたくない。
うん、やっぱり。明日をキャンセルするしかない。この調子でたどり着ける&帰ってこれる気がしないし。

明日の予定

明日の予定というのはお隣ベルギーへ行くという大冒険だった。
まぁなんと到着2日目にこのチャレンジをぶちこむ強靭な心。ベルギーに行くには新幹線みたいなのでアムステルダム中央駅から2.5Hくらい。
私はベルギーでベルギー料理を堪能したかった。
意外にもベルギーポテトとかベルギーワッフル、ベルギーチョコなんてベルギーのつく食べ物が有名なお国。世界史を知らない私の後追い調べではフランスの統治下にあった歴史があるため、フレンチの影響があるのだという。
ここオランダは申し訳ないが、食として有名なものはほぼない。食にさほど興味がない国民性だそうだ。節約のため、この国での食事はほぼスーパーでいいやと考えていた私でも、さすがに異国の地でなにかは食べたい。
そうなると、お隣ベルギーへ攻め入るのがいいだろうと考えていた。

ミッションはムール貝とポテト、そしてワッフルを食べて「無事に」帰ってくること。滞在時間は無理をせず昼から夕方までの4時間弱。往復チケットはネットで入手済みだ。このThalys(タリス)という高速列車は乗車日が近づくにつれ値段がつり上がるらしく早めにネットで手配済みだった。

ちょっと脱線

急に何の話?と戸惑うと思うが、とある話をさせていただく。
私はこの1か月前、平日5日の本業の仕事とは別に土日に短期アルバイトを入れていた。やった理由は昨年秋頃からの物価高にひーひー言ってたから。私はそれに対して昇給もなく賞与もないのにつらい!って置かれた環境にずっとぐちぐち文句を言っていた。

2022年秋カタールW杯。大きく心を動かされた。堂安が「後半入ったら俺が決めると思ってた」の言葉通り彼はドイツ相手に反撃の1点目を決めた。
まぁーーーカッコ良かった。
堂安を見て、環境に文句言ってる暇あったら今できることをしよう→プラスして働きゃえーやん!と思った私は年末近くにバイトの面接を受けた。
1月下旬から約1ヶ月。いざ始めてみると当たり前だが休みがない。
9連勤→半日休み→11連勤→1日休み→9連勤とか。なぜか毎日仕事に行かなきゃいけなくて目覚ましが鳴る。ノイローゼになりそうだった。
しかし、私はこのとき思っていたことがある。さぁ本題に戻りますよ。

ここを乗り切ったら私はベルギーに行けると思っていた。
この死ぬほど忙しい合間を縫って、旅の計画、各種チケットの手配、そこにさらに家庭の事情でオランダ2週間前に名古屋1泊の手配。
なんとバイト最終日1日前(2、3度目の8連勤目)は、15時に終わったのでSLAM DANKの映画を観て感動して家に帰る。そして翌日の日曜もバイト。翌日月曜本業の仕事行って9連勤終了。翌日火曜はお休みを入れていた。
やっと休むと思いきやまさかのディズニーへ。史上最高にタフだった。
こんな私なら絶対ベルギーに行けると確信してやまなかった。

ベルギーの壁

しかし、ベルギーの壁は厚く高かった。
まだまだだったなぁと思い、タリスをキャンセルすることにした。
確か当日でなければ満額ではないが半額だか戻ってくると書いてあったはず。サイトにアクセスし、あっさりとキャンセルが受け付けられた。
大きな大きな肩の荷が下りた。
私はいつの間にか明日のベルギーまでもう心に背負っていたようだ。
緊張の糸が解かれた。

そしてキャンセル受付メールのcanceledの文字だけ見て安心してたおかげで、帰国後に一切返金がなかったことを知る。
タリス、お前もか。

これで明日は丸々空いた。ザーンセスカンスに行こう。
ザーンセスカンスに行くには、やはり今日中にあのチケットを買いに行かねばならぬ。
空港で手に入らなかった因縁のチケットたち。
私は椅子に投げ捨てたコートを羽織り、身支度をした。

アムステルダム中央駅へ向かおう。
環境に文句を言う自分と決別を。
1か月前のあの強靭な精神を取り戻すために。