見出し画像

鎮丸~妖狐乱舞~ ①

深夜0時。若い男が電気を消した部屋で机に座っている。
キーボードを打つ音だけが、静かな部屋に響いている。
パソコンのモニターからの光が男の青白い顔を照らし出す。
「ひぃゃーははは!みんな死ね!死ね!死ねー!俺は皇帝だぁー!」
男は狂気に満ちた顔を歪めた。

朝、眩い光の中、駅を目指して初老の男が走っている。足取りももつれ気味だ。
「だめだだめだ間に合わないー!遅刻じゃわいー!」

サラリーマンのような格好だが、ネクタイは締めていない。パンツの後ろポケットから何かの金属の端が見え、陽光に光っている。

男は私鉄の駅の階段を駆け下りた。
息が上がっいる。もう若くはない。

「はぁはぁはぁ…」
電車が入線して来る。
「よかった間に合っ…」その瞬間、後ろから押しのけられた。

「もたもたすんなよ!オヤジ!」
先に電車に乗り込まれる。

「え?あっ?あーっ!」
ちょっとの差で電車は無情にも発車した。

「どうしよう?また、かみさんに怒られる。」

このうだつの上がらない初老の男の名は、鎮丸(ちんまる)。もちろん本名ではない。男は妻が経営するヒーリングサロンに勤める音叉治療師である。鎮丸は音叉治療師としての名前である。

社長である妻が先に出社し、その日のクライアントを事前チェックする。雇われの身の夫は後からのこのこと出社する。

「えー社長、すまん。電車乗り遅れました。」
「まったくしっかりしてよね。それより、今日来るお客様、ちょっと厄介だわよ。」
「え?厄介と言うと…」

社長の妻は治療師ではない。経営者にして、霊能者である。クライアントの霊障を祓うのが役目だ。会社の悪くない評判は、妻の能力によるところが大きい。

つまり鎮丸が音叉で体を治療し、社長の葉猫(はねこ)が霊を祓うのである。二人一組で20年やってきた。

葉猫の方が10歳若い。

この夫婦に子供はいない。

たまに菓子目当てで手伝いに来る小学生の女の子が子供代わりだ。この娘は身寄りがない。夫婦が引き取って、いつもは夫婦のマンションから小学校に通っている。

「あのぅ…厄介ってどんな…?」鎮丸がおずおずと尋ねる。

「いつもの除霊とは違うわよ。」

「はぁ?」

「生き霊よ!生き霊!」

「え?生き霊?こりゃほんとに厄介だな!
死霊ならともかく、生き霊ですか?」

所謂、「除霊」はこの二人の得意とするところだ。しかし、生き霊となるとそうはいかない。徐々に「薄く」して、クライアントへの影響を最小限に抑えるしかない。

「社長、その仕事、もう受けたんで?」

「当たり前じゃない!お仕事よ!それにこの方は3ヶ月も苦しんでるのよ。そういう人達を救うのが私達の仕事じゃないの!」

(ほんとにやんのかい?そんな面倒臭せぇもの…)

鎮丸の不満そうな表情を見て、社長は活を入れた。
「ほら!ボヤボヤしない!もうすぐお客様来るわよ!支度支度!」

(to be continued)

#ファンタジー小説部門

記事内容が多岐にわたりますが、雑学的考察ではなく、実体験に基づいた「そんなことってあるの?」という不可思議な話も掲載準備中です……。