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鎮丸~妖狐乱舞~ ⑤

「お不動様、思い出せったって無理ですよ。急にそんな…。」

鎮丸は不動明王を見上げる。不動明王は眉一つ動かさない。

その間も雄の妖狐は火球を絶え間なく吐いてくる。他の雌二体はなぜか動かない。

火球が鎮丸の左足をかすった。
「ぐわーっ!痛ぇ!なんてことしやがる!」
かすった程度でこの威力だ。このままではやられる。

「はぁ、はぁ…なんとかしなくては!」

息が上がる。鎮丸は夢のなかでも初老の男のままだ。他の二体が動き出さないうちに対処法を見つけなければ。気ばかりが焦る。

「術って言ってたな?術?とにかくこいつの動きを止めるんだ。」

敵は俊足である。右に左に体をひねりながら、火球を打ってくる。鎮丸は地面を転がりながら、かわし続ける。

不動金縛りを使いたいが、肝心の不動明王が動かない。

鎮丸は考えた。こいつは妖狐だよな。どう見ても。術で縛る?呪(しゅ)をかけろと言うことか?呪をかけるにはこいつらの名前を知らなきゃだめだ。

鎮丸の霊能力は低いが、そこは年の功。知識だけは人一倍ある。だが…

(分かる訳ねぇよ。こんな奴らの名前。今日、初めて会ったんだ。)

その時、鎮丸の脳裏に語りかける者があった。女性の声である。聞いたことのあるような声だが、葉猫のものとは違う。

(ずいぶん苦戦しているようね?)

「だ…誰だ、あんた?」(別の妖狐か?)

鎮丸は身構えたが、女の言葉には優雅な響きがある。

(狐の名前、教えてあげようか?)

鎮丸は訝しんだ。これは敵の罠なのではないか。かまわず声は続ける。

(火を吐く雄は、禿-かむろ-)
(歳を経た雌は、御前-ごぜん-)
(若い雌は采女-うねめ-)
(じゃあねー、ま、せいぜい頑張って!)

声はそれきり聞こえなくなった。
その刹那、禿がひときわ大きな火球を放った。蛇を使う女はいつの間にか禿の背中に乗っている。

鎮丸にもはや猶予はなかった。

「禿、動きを止めろ!急急如律令!」

手は無意識に空に五芒星を書いている。
しかし、一瞬速く火球は吐き出され、鎮丸に襲いかかる。

(もうこれまでか。)鎮丸は観念した。

その時、背後の不動明王が動き出し、俱利伽羅剣で鎮丸を覆った。と同時に時が止まる。
「これは?」術をかけることができたのか?

薄緑の空の下、何もかもが止まって見える。静寂があたりを支配している。

禿の大きく空いた口。

背中に乗った無表情な女。

氷ついたような御前と采女。

そして目の前の巨大な火球とそれを遮る不動明王の剣。

鎮丸はそこで夢から醒めた。

(to be continued)

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