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地域を見る目を豊かにしてくれる一棟貸しの京町家。「京都の本物」を詰め込んだ、泊まれる宝石箱「月光庵」編

地元に溶け込み、暮らすように旅をする観光スタイルに注目が集まるようになりました。旅における日常と非日常の境目がなくなっているのだとすれば、ずっと昔から京都の人の生活空間だった「町家」での宿泊は見逃すことができません。

宿とは、地元の人と観光客が交わる拠点として、地域の資源に光を当ててプロデュースする役割を果たすように思います。また、地域活性化やまちづくりの文脈においても、観光は大きな役割を担っています。

観光の楽しみ方としても、地域課題解決にしても、「そのモノやできごとをよく知る」ことが鍵になりますが、京都というまちは「歴史」や「文化」が豊かすぎて、見る目を持っていないと、自分が見たいものだけ見て表面的に通り過ぎてしまいます。

そこで、京町家のお宿の出番。建物が宿になる以前に持っていた膨大なストーリーが、オーナーによって編集され、地域や建物の価値が高まるように「リノベーション」という過程を経てお宿として演出されています。ゆえに京町家の宿は「縮小版の京都」ともいえるものであり、地域に入り込む入り口としてぴったりだと思いました。

今回、「地域に宿があることの意味」を考えたいと思い、お宿オーナーにインタビューをし、考察を加えてまとめることにしました。泊まりたくなる&学べる観光メディアを目指して、京町家一棟貸しの七つのお宿を紹介していきます。

今回のお宿は、二条駅から徒歩7分の月光庵。

「京町家にできないことをできるようにして、風穴をあけたい。自分がやって次につなげ、京町家全体のレベルを上げたいと思っています」

そう語るオーナーの西山さんが月光庵というお宿を通してあけたい風穴とは。

Storyー開業の経緯と、お宿のこと

「もどかしさがあって宿を始めた」

西山さんは元々、ガラスメーカーや銀行で働かれる傍らで、旅行が好きでよく行かれていたそうです。京都を泊まり歩く中で、寺社仏閣はよく取り上げられるものの、スポットライトがあまり当たっていない伝統文化や伝統産業があるのをもどかしく感じるようになりました。
そして理想を叶える宿を自分でつくろうと開業を決意されました。
物件を紹介してくれたのは、京町家に強い不動産会社の「八清(はちせ)」さん。

観光地へのアクセスの良さと、八清さんが先にその地域でお宿を運営されていた安心感もあり、二条エリアに月光庵が生まれることになります。
2016年に東館、続いて隣に西館をオープンされました。古いものを極力残した東館と、改装できるところは全部改装した西館だそう。

古き良き京都を堪能できる東館

東館は昔ながらの雰囲気を残しつつ、インパクトのあるアート作品が散りばめられています。
特に印象的なのは入ってすぐの、壁一面の大きなハスの絵。木村英輝さんの、「Happiness lotus」という作品です。近づいてよく見ると下書きの線も残っていて、アーティストがこの場所のために直筆で描いた作品なんだというのがリアルに伝わってきます。

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革新的な芸術に出会える西館

西館はまた全然違った雰囲気です。ぴんと張りつめたような空気感と、織部焼タイルや風神雷神図のラグジュアリーな輝きがお客さんを迎えてくれます。床も壁も光り輝くそこはまさに宝石箱。風神雷神図は堀金箔さん、織部焼タイルは陶芸家・廣野俊彦さんの作品です。

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中でも、寝室に飾られている雲母唐長(きらからちょう)さんの「月とミズハ」にはぜひ注目したいところ。月光庵のために制作された、プラネタリウムのような美しい作品です。

唐長さんは唐紙(からかみ)の400年の老舗で、京都でも確固とした地位を築かれた老舗中の老舗さんで、指腹刷りという工法で作られた「月とミズハ」は400年間、唐長に伝わる版木を使用し、この唐長の継承者である唐紙師、トトアキヒコ氏自ら作成した貴重な作品です。唐長の作品の中でも規模の大きい、なかなか見ることのできない作品になっています。
この作品を最初にお願いしに行ったときに、月光庵 西館に、京都の伝統工芸の老舗や一流の職人を集結させたい思いを伝えて協力していただきました。(西山さん)

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このように西山さんは「本物をひとりじめできる宿泊を」という思いでお宿を運営されています。泊まるお客さんにとっても、「わたしのためにつくられた作品なんだ」と感じられそうな気がします。

また月光庵には、京町家一棟貸しではありえない奇跡が詰まっています。代表的なのがアメニティと「眠りにいい宿認証」。

高級ブランドであればあるほどブランド側からの審査が厳しく、高級ホテルのデラックスルームにあるようなアメニティは、一棟貸しの宿では条件をクリアできないことが多く、置きたくてもなかなか置けないものです。

それが、月光庵には、ある。
ここで伝えたいのは、リッチな体験ができるだけじゃなくて、「町家一棟貸し」の限界を突破する実績を立てられたことです。「京町家でここまでできるんだ!」と思われるパイオニアになることで、町家全体のレベルアップを目指してらっしゃるんです。

「京町家なのでできません、は言わせたくないんです。自分がやって次につなげたい、みんなでレベルアップしたいです。」(西山さん)

眠りにいい宿認証は2019年にできたホテル認証のひとつなんですが、最初は「4室以上のホテル」が審査対象でした。つまり一棟貸しは審査対象外だったので、交渉して審査してもらうところからのスタートでした。結果的に45の厳しい審査項目をクリアして認証を勝ち取ったのが月光庵という、ドラマチックなストーリーがあります。


西山さんのお話を聞いていて、なんでここまでできるんだろう、と思っちゃいました。限界突破の原動力とは

「お客様に本来の京都の良さを肌で感じていただきたいという思いからです。京町家の宿のオーナーとして、京都の魅力を他府県からのお客様にお伝えするのは使命だと感じています」

オーナーの動機のまっすぐさも光り輝く月光庵でした。


Impactー地域への影響

お宿の周りは住宅街で、地元の人々の生活感を感じられます。一方で高齢化が進んでいて、どこか寂しい雰囲気が漂っている地域でもあります。
月光庵が周辺の老舗料亭と提携して食事を出したり、6名のコンシェルジュがあまり知られていない場所やお店を紹介したりすることで、二条エリアの人とお金の循環に貢献してらっしゃいます。

Insightー学びたい点

地域貢献のお宿として学べる点を3つにまとめてみました。
①パイオニアになる
②欠点を強みに
③宿泊棟すぐのレセプション棟

①パイオニアになる

月光庵さんは京町家一棟貸しでは前例がないことを成し遂げるべくどんどんと挑戦されています。例えばアメニティや眠りに良い宿認証、アーティストへの制作依頼、オリジナルパッケージの日本酒、コーヒーマシンなど。お客さんが感じる「この宿すごい!」は、「京町家ってすごい!」につながります。月光庵が実例をつくって、ほかのお宿オーナーに提携先紹介をすることで、京町家一棟貸し全体のレベルアップを目指してらっしゃいます。

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②欠点を強みに

町家は「夏は暑く、冬は寒い」というイメージがあるかもしれません。町家に泊まるんだったらそれは耐えなければならない、と思っている方も多いのでは?
月光庵さんは西館の壁をしっくいにすることで伝統的素材を活かしながら快適さという欠点を補って強みにしてらっしゃいます。
しっくいには細かな穴がたくさん開いていて、その表面によって湿度をコントロールしたり、カビやダニの発生を抑えたりします。お部屋の生活臭が全くないのもそのおかげ。しっくいが年間を通してお部屋を快適な湿度に調整してくれているのが、眠りにいい宿認証での高評価につながりました。町家でこの認証の意味は、町家でも快適に過ごせることが客観的に可視化されたことだと思っています。でも快適すぎるので、朝寝坊には要注意。

③宿泊棟すぐのレセプション棟

お客さんはレセプション棟に入ってチェックインを済ませ、宿泊棟に移動します。宿泊棟から徒歩30秒で行けるほど近くにレセプション棟があるのは珍しいことです。
宿泊棟とレセプション棟が近いのは、お客さんにとっても近隣住民の方にとっても、すぐにコンシェルジュが対応してくれる安心感があります。

コラム 一棟貸しにおけるスタッフとお客さんとの「距離感」って?

「管理者は宿から半径800メートル(10分以内に到着できる場所)以内で待機しなければならない」、というルールが2018年、京都市の民泊条例で定められました。「駆けつけ要件」と呼ばれるものです。お客さんや近隣住民の方から何か連絡があったときに緊急対応できるように、という意図のルールですが、関係性という意味での距離感は宿によって様々です。中には、鍵の受け渡しのみをして、チェックインからチェックアウトまでスタッフとお客さんとの会話が一切ないところも。入れ代わり立ち代わりお客さんが出入りするだけの宿を見て、不安に思う近隣住民の方も多いです。
しかしよく考えてみると、ほかのお客さんもフロントもない一棟貸しは、チェックインにいくらでも時間がかけられるのです。お互いのことや滞在中のプランなど、スタッフがお客さんとのコミュニケーションをじっくり取ることによって距離がぐっと縮まるので、実は最も関係性をつくりやすいのが一棟貸しだったりします。


お宿データ

スタイル:一棟貸し
開業:2016
アクセス:JR二条駅から徒歩7分
定員:各館2名
価格帯:1.5~4万円/1泊1人あたり
公式HP:https://gekkouan.jp/


参考情報

西山さん、コンシェルジュの崎山さん、三輪さんへのインタビュー動画はこちら!
地域と調和した、京都の宿泊施設の魅力を発信していくオンライン配信番組「泊っていいとも!#10」です。



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