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新婚旅行中に脱サラすると言われた話

-ジャム屋物語①-

2001年10月初旬

「俺、脱サラしてジャム屋になろっかな」

両手で大きな紙袋を抱えながら、屈託ないいつもの笑顔で私に話しかけるこの人は、ほんの数日前私の夫になった人である。

一体何を言っているのだろう?しかもパリで。新婚旅行中に。
その紙袋には、なんと20本近くのジャムが入っている。いや、コンフィチュールか。フランス語では。

「は?」くらいは一応言ったかもしれない。けれど私は特別驚かなかった。彼からそういう類のことを聞くのは、とっくに慣れていたから。
 
たとえばちょっと珍しくて美味しい和菓子を食べれば「和菓子屋になるかなー」と呟いてみたり。イートインができるおしゃれなパン屋さんに入れば
「パン屋もいいな。でも早起きは得意じゃないしな…」とか。

私も付き合い始めの頃はちゃんと笑顔で「パン好きだんもねー」とか、「あ、いいねえ!」とか、バカップルの会話らしく答えていた。
けれど、あまりにも再々言う上に、単なる冗談としても面白いわけじゃないので、華麗にスルーするようになっていた。
「会社員って、毎月ちゃんと一定のお給料貰えて週休2日で、やり甲斐だってある程度感じられてても、脱サラに夢を描くものなのかな」という考えは、もちろん心の中だけに留めつつ。

男性って、起業とかやっぱ好きな人多いんだろうと思う。でも結局本当に辞める勇気なんてなくて何もしないのが大半だろうし、それでいいと思っていた。       
2001年10月時点の日本では、今よりもっと転職や起業はハードルが高かった気がする。

相当重いであろう包みを抱えながら、嬉しそうにパリの街を歩く夫になったばかりであるその人の背中を見つめながら、私はそんなことを考えていた。


小一時間前のできこと。

パリの観光地で私たちはショップが立ち並ぶ街並みを歩いていた。ウィンドーショッピングをしていた私は、店構えからもうとてもかわいいアクセサリーショップを見つけた。

「ねえ、ここ入ろうよ!」私は言った。するとなんとあろうことか夫は
「えー!?俺あんま興味ないなあ…」

え。え?ん?なんつった今?!

私は一瞬固まったまま、一瞬で以下のようなことを脳内で再生した。

いやいやいや、何言ってんの?ハネムーン中に、奥さんがアクセサリーショップに入りたい言うたらそりゃ一緒に入って、そんで何か買うてくれるんやないの?しかもお土産屋さんれべるの可愛い店やで?ブランドショップじゃないんやで?でもな、アタシは新婚旅行中にケンカするようなアホとは違いますよって。平和主義なもんで。はい、分かりました。頑張れワタシ!

そしてちゃんと笑顔を作って夫に伝えた。

「あ!隣のお店見てみて!なんか食料品店みたいよ。お土産にもよさそうなものがあるかもじゃない?よかったらそっちのお店入って待っててくれない?」
大人だな私。うん、さすがだ私。まだ食料品店の方が興味あるやろ。そう思ってすすめた。ら、夫は、

「…まあ、分かった。できるだけ急いでね」
と、のたまわった。
もう、夜まで別行動にしましょか?と口から出そうになったので「じゃあ!」と元気よく言って、1人アクセサリーショップのドアをくぐった。

                              つづく!


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