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100日後に散る百合 - 57日目


「願いが叶いませんように」


そう書かれた短冊を見つけた咲季は、この願い事は叶うのか、叶わないのかと頭を抱えていた。

駅前広場に立てられた笹には、他にもたくさんの願いが、カラフルな短冊に綴られている。

「大学に合格できますように」とか「恋が叶いますように」とか「安産祈願」とか「全国大会優勝」とか「彼女の目が治りますように」とか「おかあさん、よみきかせのとちゅうでねないでね」とか「仕事を辞められますように」なんてのもある。

私は何を書こうか悩んで、思いついて、いやこんなこと書くものでもないか、というのを何回も繰り返している。

「料理が上手くなりますように」は、自分の努力次第だし、

「いずみさんの本が売れますように」は、私がお願いするようなことでもないし、

「行雲ちゃんの心が癒えますように」も、なんか違う。

「世界が平和でありますように」と願うほど、私は知らない人のことまで思い遣れない。

「咲季とずっと一緒にいられますように」も、お願いするようなことじゃない気がする。それに恥ずかしい。

七夕のことをよく知らないので、この願いは一体、誰に届くのか分かっていない。

彦星と織姫が巡り会えなければ、結局のところ願いは叶わないのだろうか?

ここ数年の七夕は、ずっと雨が降っていた印象がある。

そうすると2人は会えないんだっけ? 天の川はどの程度の雨量で氾濫してしまうんだろう。でも、メロスは友情を以て濁流の川を泳ぎ切ったんだ。2人も愛のパワーでもっと頑張ってほしい。

「咲季は、会いに来てくれるかな」

「なに?」

「あ、ごめん、なんでもない」

独白のつもりが声に出てしまっていた。

「それより、萌花も早く書きなよ」

「願いがない」

「えー、本当? もっと貪欲に生きなよ」

「欲しいものは全部持ってる」

「…………その”欲しいもの”には、私も入ってるのかな?」

咲季が、顔を覗き込んでくる。

可愛い。

「う、うるさいな」

そういえば、欲しい調理器具はまだまだ沢山あったな。

「咲季はなんて書いたの?」

「見たい?」

「じゃあいいや」

「なんでよ!?」

「見る見る。見るよ」

そんなに泣きそうな顔をしなくてもいいのに。

赤色の短冊を掲げ、私に見せてくる。ちなみに字が綺麗。

「赤点ありませんように」

もっと咲季らしい願い事かと思っていたので、なんとなく肩透かしを食らった気分になる。

「祈ることじゃないね」

「仕方ないじゃん、勘で解いたところもあったし!!」

月曜から今日までの3日間、中間考査が行われた。各日午前で終わるので、今日の我々は午後から本格的に自由である。嬉しい。

でも、嬉しいのは、咲季とこうやって出掛けることができるからだ。今までの私は特にやることもなく、暇だなあと思いながら家でだらだらしていた気がする。

咲季と付き合ってから、自分の生活が少しずつ変わってきているんだ。

そんな自分が少し嬉しくて、でもきっと戸惑うことも多くて、微妙な燻りを感じた。

「幸せであれますように」

緑色の短冊に書いて、笹に結びつける。

”幸せになれますように”ではない、”あれますように”だ。現状維持だ。

まずは、今日のデートを楽しみたい。



お昼は、駅前の古めのパスタ屋さんにした。

咲季はボロネーゼ、私はカルボナーラにした。老舗喫茶みたいな見た目とは裏腹に、味は本格イタリアン趣向で結構おいしい。JKが来るような小洒落たところではないので、知り合いに会うことも少ない。いい店だ。ちなみに風薇に教えてもらった。

腹ごしらえをした後は、電車で玉根へ。

玉根には学生が多かった。他の学校もテストシーズンだったんだろう。

勿論うちの生徒もこの中にいるだろうし、こうして2人でデートするのは、色々危険かなとは思ったのだが、逆に人がいすぎてあまり目立たないかもしれない。

それに女の子同士で出掛けていて、すぐに勘繰るような人もいないと思う。しかも、周りを見渡せば、手を繋いで歩いているJKたちも多い。

わ、私たちも…………なんて、思ったけど、いまいち勇気が出ない。

左隣。咲季の手を見つめる。

付き合ってるわけだし、繋いだところで拒否されるわけなんてないのに、なんでこんなにも躊躇してしまうんだろう。

というか、そもそも咲季の方から繋いできてくれればいいのに。いつもキスとかそっちからしてくるじゃん。

いや、これは待たれているのか? あまりにも私が消極的だから、私から繋がないと永久に繋いでくれないのだろうか?

まったく、咲季は意地っ張りだなあ。仕方ない、そんなに言うなら繋いであげてもいいけど。

別に? 全然普通だし。繋げるし。

いくよ? 繋ぐよ?

「ねえ、萌花」

「は、ははははい!なんでござるか?」

「え、なに」

繋ごうとした瞬間、咲季に声をかけられてしまった

あと「ござる」で軽く引かれている。引かないで。

「いや、気にしないで。それで、何か?」

「ああ、えっと、私、水着買いたくて」

…………水着?

私に縁もゆかりもない言葉が出てきてびっくりしてしまった。そうだよな、咲季は陽キャだから海とかプールとか行くんだろうな。

「萌花も買う?」

「え、は? なんで?」

「夏休みとか、行かない? プール」

「えぇ……」

咲季には申し訳ないけど、露骨に嫌な顔をしてしまった。

夏休みに私と過ごす計画をしてくれているのは、とても嬉しかったのだが、如何せん場所がなあ。

プールって陽キャの巣窟じゃん。暑いし。ていうか、暑いところには陰キャは居れないんだ。じめじめ湿ったところじゃないと、陰キャは生活できないんだ。

あと私は泳げない。

「まあ、萌花は嫌がるかなってちょっと思ったんだよね」

じゃあ、なんで聞いたんだ。

「栄奈ちゃんたちと、行こう!ってなって、それで萌花もどうかなって思ったんだけど」

あー、

別に”私と”の夏休み計画じゃなかったのか。ちょっとがっかりする。なんならムカつく。

「それ、私が行かなくても、有羽たちとは行くんだよね?」

「あー、嫌かな?」

「まあ、いい気はしない。私、嫉妬はするって言ってんじゃん」

社交性の高い人というのは、周りの人間と関わりを持つことになんの疑問も持たない(クソ偏見)ので、きっと恋人ができても人付き合いに変化が生まれることはないんだろう。咲季もその例に漏れない。

最近は、お昼のお弁当とか、夜の電話とか、少しずつ板についてきたけど、それでも教室で咲季が誰かと仲良さそうにしていれば、少しイライラしてしまう自分がいる。

私のものなのに、って。

私も一応は言っている。束縛はしないけど、私は少しずつ傷ついている、と。

とはいえ、私の嫉妬が原因で、咲季の人間関係が壊れたり、それによって咲季が不幸になってしまうのは違うと思う。まあ、そうなっても私が一人で幸せにすればいいのかもしれないけど。

「でもなあ、栄奈ちゃんたちを断る理由もないんだよなあ」

「そんなの分かってる」

「あ、怒ってる?」

「怒ってない」

「んー、嫉妬しちゃうなら、萌花も来ればいいんじゃない?」

それはそう。私が行くのが一番穏便な策なのだ。私が陽キャ集団に塗れることを我慢しさえすれば、大方の問題は解決するのだ。

ただ、

「……………………」

「ふふっ、分かった。嫌なんでしょ? 栄奈ちゃんには適当に理由つけて断っておくよ」

あ、待って、

「え? いや、でも」

「いいよ。萌花は来ても来なくても辛い思いしちゃうんだから、最初から私が行かない方がいいでしょ?」

違う、違うんだ。

そんな気の遣わせ方をしたかったんじゃない。咲季の楽しみを奪う権利など私にはないのだ。

ただ、ただちょっと、拗ねて困らせたかっただけなんだ。

申し訳なさでいっぱいになる。

「わがままで、ごめん…………」

色んな意味を込めて零した。

咲季は優しくて、良くも悪くも意地っ張りだ。私が今更「やっぱり行っていいよ」と言ったところで、意見は変えないだろう。

ごめん、咲季。

「気にしないで」

咲季は気さくに笑いかけてくれるが、その心の内までは読み取れなかった。

彼女が演劇部だったということを知ってから、この人の言動には少し演技が入っているのかもしれないと、最近思うようになってしまった。

って、だめだ。咲季のことは信じてるんだから。もう恋人同士なんだし、お互いに言いたいことは言える関係だ。咲季もどうしてもプールに行きたかったのなら、こんな簡単に引き下がりはしないだろう。

あー、せっかく今日のデートを楽しもうと思っていたのに、空気壊しちゃったなあ。馬鹿か、私は。

「でも、あれだね。萌花の水着、見たかったね」

まるで誰かに問いかけるような口ぶりだったので、私は黙っていた。

「………あ、ごめん!そういう意味じゃない!ただ単に興味があって!って、いや、違う!興味があるっていうのは、そういうことじゃなくて!」

咲季が、なにやら急に弁明を始める。

意味は分かった。金曜日のことをまだ引き摺っているのだ。



「ごめん。私、ちょっと調子乗っちゃった」

金曜日、

咲季が耳舐めの流れで身体に触ろうとしてきたところを、私が押しのけてしまった。

咲季は少し驚いていたが、まもなく子犬の様にしゅんとしてしまって、私にこうして謝っている。

「本当、ごめん」

「いや、あの、怒ってるわけじゃなくて……私、その、びっくりしちゃって、つい力が入っちゃっただけだから」

「うん…………」

「咲季のこと、嫌いになったとかじゃないから。大丈夫だから」

「でも、引いたよね。いきなり、なんて…………」

「いや、引いてはない!まあ、あの、私も心の準備とかできてなかったから、ほんと、びっくりしただけで」

「でも萌花も『やめて』とか言ってたのに、私、それ無視して……」

咲季のテンションがあまりにも下がっているので、そこまで気に病むことではないと言っているのだが、あまり聞く耳を持ってくれない。

結局その日はそれ以降、それっぽい行為をすることもなく、咲季は帰った。バイバイのキスもしなかった。



本当は私が好んでそういうことをしているわけではなかった、と咲季は思ってるんだろう。

いやまあ、確かに好んでやるかと言うと、自分でもよく分からないんだけども。そもそも、女の子同士って何するんだろう…………。

でも私だって、キスとかはしたい。私からすることがないとはいえ、私がキスを嫌ってないことは、咲季にも伝わってると思うんだけどなあ。

だからもう、かれこれずっとお預けを食らっているのだ。月曜と火曜は、特に一緒になる時間がなかったし。土・日・月・火、ほら、もう4日もキスしてない。あれ、これそんなに珍しいことじゃないか。

けれど、咲季から、なんかあんな色々されたら、こっちだってちょっとはそういう気にもなってしまう。

あの時は、本当にびっくりしてしまっただけなんだ。

でも、キスしたい!!とか、襲ってください!!とか、やっぱり恥ずかしくて言えない。

「だから、もういいって。それに、咲季が私の水着に変な意味で興味あっても、別に、嫌……じゃない、よ」

うう、何か口走ったぞ、私。襲ってくださいと同義じゃないか。

いやまあ、でも咲季が私(の身体)で喜んでくれるのは、まあ、悪い気はしないけど?

「…………」

しかし、なぜか、咲季は何も言わない。

あれ、もしかして聞こえてなかったのかな。なにそれ、めちゃくちゃ恥ずかしいな!!

と、思ったら、咲季が急に立ち止まった。

「ねえ、萌花」

声が厳かに感じるのは気のせいだろうか。

「それ、本当?」

「ひぃっ」

レズの眼光。

キスしてるときに、偶に垣間見せる、マジの目だ。私を女として見てる時の目だ。

こんな目をされて「さあ、どうぞ狼さん、私を食べてくださいな」と言えるほど、私はまだ分からされていない。

やっぱり、ちょっとビビってしまった。

「あはは、冗談だよ」

咲季はまた、いつもの笑顔に戻った。

さっきの目は、演技なのかマジなのか。

「じゃあ、ほら、萌花」

「ん、なに?」

咲季が右手を差し出す。

意味が分からず迷っていると、

「はい」

手を握られる。

指を絡める。

「さっき、ずっと私の手を見てた。繋ぎたかったんでしょ?」

「え、いや、あ、うん…………」

あのさー。

もう、本当、そういうとこだぞ。

は~、好き。



#100日後に散る百合


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