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自転車の後ろ


【自転車の後ろ】

私がまだ小学生の頃。
近所の塾に通うために、自転車をよく使っていた。何の変哲もない普通の自転車。当時のことなのでヘルメットなんか被っていなかったし、防犯登録もきちんとしていたかどうか定かじゃない。今思うと近すぎて自転車を使うような距離ではなかったと思うが、とにかく早く行って早く帰りたい私は毎週そのスタイルで通っていた。

真夏。
あまり晴れやかとは言えないどんよりとした天気で、生あたたかい風が脚を撫でる。何となく嫌な日だなと思ったのを覚えている。当時「花子さんがきた」というアニメが流行っていて、当然ながら私も見ていた。そこに出てくる自転車に乗ったお化けが気味が悪くて、その日もずっと気になっていたと思う。


それが影響したのかは、わからない。


いつものように家を出て塾に着き、一通りこなしてさぁ帰れると再び漕ぎ出した自転車が妙に重い。いつもならスっと漕ぎ出せるはずなのに、一足漕ぐにも力を入れて踏ん張ってやっとだった。なんだろう、塾のカバンは前カゴに入れている。後ろに荷物なんか乗せていないし、タイヤの空気だって入れたばかりなのに。

疑問に思ったけれど、何となく私は振り返れなかった。だが、いつもの角を曲がり、直線の道に出ようとするところで、今度は別の違和感に気がついた。さっきまで吹いていた風が止み、背中のすぐ後ろから何かが聞こえる。


ケケッ。


いちいち振り返らずとも、ソレが何かはっきりわかった。汚らしい蓬髪に茶色くてしわしわに干からびた肌、汚れた長い鉤爪にぎょろぎょろと焦点の定まらない大きな目玉、不気味な高い笑い声に、ガタガタと異様に震えて動き回る気持ちの悪い四肢。いま思うと、姿かたちだけなら河童に似ている気がするが、実際はどうだったか。

まだ幼かった私なので、当然怖い。こんなものを乗せたまま走るのかとビクビクして、家路を急いだ。重い。うるさい。怖い。そんな事を考えていたように思う。ブルブル動くその手がいつ私に触れるのかと思うと怖くて、とにかく漕いで漕いで漕ぎまくった。

1分と経たず自宅について、ようやく門灯の所で振り返ればもう何もいなかった。自転車も軽い。私は粗雑に自転車を停めると、前カゴの荷物を引っつかみ、逃げるように家に入った。

自転車の後ろ。


そこには稀に、奇妙なお客が乗ってくる。


※実体験を元にほんの少し脚色して書いています。出てくる個人名や会社名、地名などは現実のものとは一切関係ありません。


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