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言葉の壁を越えた瞬間

4年ほど前、友達と香港へ行ったときのこと。

3泊4日の短い旅。

旅の終わりはいつもおセンチになるものだが、感傷に浸っているヒマはない。

帰りのフライトは午後。朝ご飯を食べたら、最後にビクトリアハーバーを行き来する船・スターフェリーに乗る。

旅のシメにビクトリアハーバーの風を感じて、香港の風景を目に焼き付ける。

スターフェリーで九龍半島と香港島を意味もなく往復し、チェックアウトしようとホテルに戻ると、香港国際空港行きの電車、エアポートエクスプレスが止まっているという情報が入ってきた。


帰国前のアクシデント


何で止まってしまったかはわからないが、旅の最後に乗りたかった電車が止まっている。それだけは事実だ。

はぁ~っ、ついてない。

香港旅の終わりに乗るのは、エアポートエクスプレスと決めていたのに。

が、そんなことをのん気に考えている場合ではない。電車に乗るから、ギリギリまでのんびりしていたのに、バスだとどこから乗るか、どのくらい時間がかかるか、それすらもわからない。

調べればよいが、先にチェックアウトしなくては。チェックアウトの時間が迫っている。

スーツケースをゴロゴロ引いて歩くのは、人が多く行き交うティムサチョイでは、一仕事だ。

どうする?

とりあえず、タクシーだ!
そうだ! タクシーを呼んでもらおう!

タクシーでどのくらいの時間がかかるのかわからないが、その時点で一番早く空港まで我々を運んでくれそうなのは、タクシーだった。

旅の終わりで、香港ドルをギリギリまで使っていたこともあり、所持金の不安はあったが、最悪クレカでどうにかできるだろう。

とにかくタクシーに乗ることを決め、部屋を出た。


知っている広東語、使ってみた


レセプションでチェックアウトを済ませる際にタクシーを呼んでもらおうと思っていたが、車寄せに1台、客待ちしているタクシーが見えた。

おおお、神がいる!!
我々を待っていたかのようにタクシーがいた。

午前中にチェックアウトする観光客や待ち合わせをする人で、それほど広くはないホテルのロビーはごった返していた。

人がたくさんいるにも関わらず、なぜかタクシーに乗る人はいなかった。ラッキーだった。

タクシーに乗り込んで、「香港国際空港まで」と行き先を告げる。
香港には何度も来ているが、タクシーに乗るのは久々。

香港は地下鉄やバス、トラムにフェリーなど、乗り物の選択肢が多く、少し待てばやってくる。香港の中心地にいる分には、タクシーに乗らなくてもどこにでも行けるので、これまで乗る必要がなかったのだ。

個人的な意見だが、香港のドライバーは運転が荒い人が多いように感じる。香港は土地柄、ちょっとした山が多く、そのうえ細い道も多い。
路線バスはほぼダブルデッカー(2階建て)がで、高さもあり、大きい。運転は大変だと思うのだが、細い道でも恐ろしくスピードを出す。

バスがそんな感じなので、タクシーもかなりの勢いでビュンビュン走っている。香港では、バスもタクシーもなかなかのスリルだ。

運転が荒いドライバーが多いと感じる香港人のドライバーの中でも、このドライバーは、荒っぽさを感じず、それほどスピードを出していないように思えた。

いいドライバーに当たったかも。

広東道を北上し、ティムサチョイイーストを抜ける。この辺りは再開発を進めているエリア。あちこちで工事している。いや、正確には香港はいつも工事中だ。

ティムサチョイイーストはティムサチョイほどビルが建っておらず、急に空が広くなる。

工事中のビルを見て、ドライバーに聞きたくなった。

「ニーティーハイ マッイェー ア?」
(広東語であれは何ですか?)

香港が好きすぎて、かんたんな広東語を勉強していた時期があった。

最近の旅では英語すら使わず、日本語で押し通すことが増えた。おばちゃんになった証拠だが、広東語であれ、これ、1個2個くらいはまだ覚えていた。

ドライバーに聞いてみたらびっくりしたのか、しどろもどろになり、何を言っているのかわからない。

「日本のおばちゃん、広東語わかるんかい!」 というリアクションだったらしい。

すると、ドライバーが日本語で話しかけてきた。

「ドコ カントンゴ、ベンキョウ?」

今度はこっちが驚いた。

無愛想で無表情。一見怒っているように見えたドライバーのおじちゃん。私がちょっと喋った広東語がおもしろかったらしく、無口だったドライバーのおじちゃんは急におしゃべりになった。

広東語を話す日本人観光客が、そんなにいないからだろう。


出会って別れる、それが旅


そこからは英語、広東語、日本語で話しが進む。

「家に広東語の本とCDがあって、たまに聴いてる。話せるのは、おはよう、こんにちは、おやすみなさい、あれ、これ、1個2個、高すぎる! 私は日本人、すみません、ありがとう、もしもしとか、それくらいだけど。」

おじちゃん、なんだかうれしそう。

私も日本を観光している外国人が、かんたんな日本語を使ってくれるとうれしかったりする。英語しか話さない人よりも、ちょっとだけサービスしたくなる。

日本のことをちょっとでも知ろうとしてくれているのが、私にも伝わっているからだ。

前に九龍の油麻田でごはんを食べた時も、本当にかんたんな広東語を使っただけなのに、お店のおじちゃんたちが、超ゴキゲンに接客してくれた。

外国の人が自分たちの言葉を使ってくれる。うれしくなる気持ちは、同じなんだな。

今度は私が聞いてみた。

「なんで、日本語話せるの?」

すると、おじちゃん、英語と日本語と広東語を混ぜながら、意外なことを話し始めた。

「毎年2週間、休みを取って友達と日本に行っている。車であちこちまわるんだ。日本には20回は行っている。」

「えーっ、そうなの?20回!すごっ。どこに行ったの?」

「四国、岐阜、大阪や京都。関西が多いね。」

「私たちが香港に来てる回数より多いよ。仕事で車に乗ってるのに、車で旅するなんて、運転好きなんだね。」

「そうだね。日本はいいね。ドライバーもセーフティな人が多いし。」

香港人でもそう思うんだ!

「今年も日本に行くつもりだ。楽しみだね。そのために働いている。」

エアポートエクスプレスが止まり、仕方なく乗った最後のタクシーで、言葉の壁を越えるステキな出会いがあった。

おじちゃんと友達と私。

はたから見ると、あきらかに言葉は通じていない。それでもお互いの言っていることや言いたいことは理解していた。

タクシーという密閉された空間で、何語を使って話しているのかわからない、不思議な小1時間をすごした。初めて会ったのに、3人とも昔からの知り合いみたいに、めっちゃ笑っていた。

話しをしているうちに空港が見えてきた。予想よりも早く着きそうだ。

おじちゃんともう少し話していたかった。名残り惜しいが、仕方ない。

トランクからスーツケースを出すとおじちゃんは笑顔で、「また来てね」と言い、右手を差しだした。

「こちらこそ、ありがとうございました。また来ます! 日本にも来てね。」

おじちゃんとガッチリ握手した。

走り去るタクシーを見送って、空港のエントランスをくぐった。

電車が止まるというアクシデントはあったけれど、そのおかげでまさかの日本大好きのおじちゃんと出会った。

こんな出会いがあるから、また旅に出たくなる。

おじちゃん、今日も元気に香港の街をタクシーで走っているかな。

言葉の壁を超えた奇跡のようなあの1時間を思い出すと、今でもなんとなく心が温かくなるのだった。

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