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おとも無しに

悪びれた態度で視界を遮っていたはずの前髪も、縮毛と唱えた瞬間に一歩も踏み出さなくなった。16時の空はまだまだ青く明るい。

3時間を見積もった予約の文面に期待を寄せたが、2時間も経った頃には鏡の前から離れた。ドライヤーの轟音の余韻はまだ両耳に残っている。

一人でやってきたこの街のBGMは都会仕様で、当然のように二人以上での散策を推奨している。イヤホンを片時も離さずにあるべき場所に据えてあげる。居心地が余程良いのか、毎日のように寄り付いてくる。その気になれば人間よりも懐くのは早いのだ。令和のムツゴロウと呼ばれる日はそう遠くない。元号が変わる頃に令和を背負ってすぐに時代遅れと言われてそう。

簡単に時代を背負えると思うのも、安易な発想が数珠で繋がっているからで。
出過ぎた発言はすかさずぶった斬りにくる大人が一定数存在することも、1週間近く続いた2021年の夏の雨空に教えてもらった。

道を歩きながらでも空席具合がうかがえるカフェには人が集り、喜んで列に並んでいる。商品を受け取れば、店外に設置された看板とスマホの中間地点に吊らしてシャッター音を必要以上に響かせる。あの女子高校生二人組の生命力は音速でイヤホンを貫通する。

光を忘れた看板が上を示す喫茶店。
エスカレーターの手すりに必ず手を置く。ここまで楽な手段を疑わずして乗りこなせるのは、大人の策略にハマっている気がしてどうも許し難くて手が離せない。

タイムリミットを他人に委ねたから、小説の後味が悪かった。
セーブ地点からゲームを再開とだけコマンドを進めて、慌てて栞を挟んだ4ページ前に遡る。

淹れたてのコーヒーが香り、季節の温度感を忘れさせてくれる。ピンと整えられた前髪の裏に滲む汗をハンカチで拭う。




充電がなくなったイヤホンをケースに戻す。店内を揺する有線はヒットチャートではなさそうだ。

カバンの中から眼鏡を取り出し、外界との間に一枚レンズを挟む。店内奥に貼られた夏限定かき氷のPOPがくっきりと見えてくる。


心の隅では悔しさを覚えながら、卓に置かれたベルを鳴らした。

自分を甘やかしてご褒美に使わせていただきます。