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プリズム劇場#012「可能性に適応できない人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/65d1e8bbb7330e5cab3d3802
【YouTube】
https://youtu.be/xX8fHke2_Sc
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「弊社への応募理由をお聞かせいただけますか?」
 何処の会社に行っても必ず聞かれる。当たり前だ。自分が会社側でも聞く。でもそんなの決まってるじゃないか。
『募集していたから』
 それ以外に何があるんだ。向こうから見て、俺が特別魅力的じゃない人間であるように、俺にとって魅力的な会社なんてない。やりたい事もない。何が得意なのかもわからない。よくわからない事のために一生懸命になりたくない。だけど働かなくちゃ生きていけない。だから就職しようとしている。ただそれだけだ。

「お、御社を志望したのは、お、御社の経営理念にきょ、共感したからであり……」
 面接官の目から、俺への興味が消えたのがわかった。経営理念なんて当たり障りのない事を言う俺の話はもう要らないようだ。こんな面接で何がわかると言うのだろう。結局、口が上手いヤツが勝つと言うことなのか。それでいいのか。そう思うが、会社に必要なのは、そう言うヤツなんだろう。
 会社は社会じゃない。会社はそれぞれ自分勝手な集団で、だから世の中に対して何の義理もないし、社員に対して親切にする必要もない。だから別に、喜んで働きたいと言う会社なんてなかなかない。
 メディアで取り上げられるような『働きやすさ』を売りにしているような会社は極まれだし、だからこそメディアに取り上げられるし、そんな所に選ばれるのは、志と能力の高い人間で、俺のような凡人が選ばれる事はない。殆どは、社員の事なんてなんとも思っていない会社と、俺みたいな何の魅力もない人間が、惰性でマッチングするんだ。

「なかなか苦戦しているみたいだね」
「ええ、まあ」
 面接の予定が無くなってしまい、途方に暮れた俺はキャリア開発課にやって来た。余所から来ているアドバイザーが、何やら面談してくれるらしい。
「何か行きたい業界とか、やりたい業種とかありますか?」
「特には」
「じゃあ、逆にNGは? こう言うのは嫌だな、とか」
「残業が多いのは嫌ですかね」
「わかります。俺も残業嫌い」
「あと……」
「あと?」
「こう、会社に忠誠を尽くす、みたいなのが、どうも苦手です」
「あああ……なるほど……」
「そんな事言ってる場合じゃないですよね」
「そうですね。会社に入っちゃうと、会社の命令は絶対になっちゃうからね。それに何となく抵抗を感じるのはわからなくはないですよ」
「子供っぽいですよね」
「いいんじゃないですか? ちゃんと自分の中でジャッジを持ってるってことでしょ」
「そうですかね?」
「会社は自分勝手なだけで正しいわけではありません。だから、自分の軸はちゃんと持っていないといけませんよ」
「そういうものですか」
「それに、一つの会社で長く働かなくちゃいけない時代でもないですし『どうせ辞めるし』ぐらいの気持ちでもいいんですよ」
「そんなネガティブな」
「会社は自分勝手ですからね、こっちも自分勝手でいいんですよ」
 アドバイザーはニヤリと笑った。これぐらいのふてぶてしさが、俺も欲しいと思った。

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