家に帰っても意外と不条理だった話
(前編↓はこちら)
いつの間にか、ボクの体はヒトの形に戻っていた。先生は良かった良かったとボクの肩を叩き、暗にさっさと帰るようにとボクを部屋から追い出そうとした。ボクは先生に色々と相談したかったのだ。でも先生は笑顔を崩すことなく、決して笑ってはいない目で、さっさと帰れよとボクに告げた。
家までの電車やバスに乗っている間も、ボクは自分の様子が気になって、絶えず窓に映る自分を見つめていた。ジロジロと窓を見つめるボクは、さながら色情狂か変質者の類だ。でもそんなことよりも、万が一公共の場でボクがヒトでなくなったら、一体世間はどんな反応をするのだろう。想像しただけで背中だけでなく頭まで痛くなってきた。
家に帰ると、ボクは奥さんに今日の出来事を話そうと思い、ふと考えた。本気にするだろうか?こんな冗談みたいな話。普通なら信じないだろう。それにボクは何で変身したんだ?
そうだ、眠った。ボクははっとした。
眠らなければいい。いやいや人間にはそんなことはできない。それより、寝てるとこを人に見られなきゃいいんだ。鍵をかけて、誰にも見られなきゃ大丈夫だ。奥さんだって、寝室が別だから一緒に暮らしててもボクの姿は知らない。
とりあえずは安心だ。後は病院の先生が警察や保健所にあらぬことを連絡しないだろうか。もしかしたらあのナースさんがSNSでバズろうとしてツーショットの写真を上げたりしないだろうか。ボクはそんなことを心配した。でも大丈夫。こんなアホな話、まともに信じるヤツなんてそうはいない。
来月社員旅行で熱海に行くんだった。行けるかな。酒に酔ったらどうなるんだろう。心配事は尽きなかった。あ、奥さんに内緒で付き合ってる彼女には何て言おう。今度出張だってウソついて、箱根に泊まりで旅行に行く約束をしてた。温泉にアルマジロがいたら、さすがにおかしい。ごまかしようがない。ペットだって言い張るしかない。そもそもフロに入っていいんだろうか。
それにこの背骨の痛みはどうしたらいいんだろう。丸くなって寝ろって、横向きならいけそうだ。あれこれと考えごとが増えたボクは、なかなか寝付けない夜を過ごした。夜も3時を過ぎると辺りは静かで、時折遠くの方で車の音が聞こえた。ボクはようやく眠りについた。ヒトが聞いたらアホらしくなるような、そんなことばかりが頭をよぎった。
朝になった。気づくとリビングの入り口で奥さんがボクを見て固まっている。視線が怖い。ああ、見つかっちゃった。説明しないと。
「いや、違うんだ。これはね。」
奥さんはボクのスマホの画面を見せた。
「何コレ?誰なの、この娘?」
あ、見つかったの、そっち?
それはボクが彼女に送った温泉旅行のメッセージだった。背中を丸め、伸びたツメを眺めながら、ボクは思った。どっちがマシなのか、ボクにはもう分からなかった。
ボクのその後は、誰も知らない。
(題絵はかわいいフリーイラスト素材集いらすとやさん )
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