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キツネなシッポがパパになる③

突き上げる衝動を抑えられず、僕はやってしまった…ホントショーもない。

イヤもうホント、スイマセン。


「じゃあもう一度、ふーっ、ふーっ、ふーー!」
木戸さんの大きな声に、ボクも合わせて呼吸をしていた。してどうなるモノでもないのだが、それだけ熱気がすごいのだ。ボクの脇では相変わらず内田さんが全身でお産の呼吸を体現していた。一段高い「ふーっ、ふーっ、ふーー!」の声がボクの耳に終始届いていた。ふと脇に目をやると、「プルン」と何かが揺れるのが目に入った。とボクのシッポ様が突然姿勢よく立位になった。

え、ボクの周りだけ、その瞬間に空気が変わった。横目でさりげなく彼女を見ると、どうやら全身でお産の呼吸を体現するうちに、胸が「プルン、プルン」と揺れているようだ。ボクのシッポ様がそれに反応したようだ。

---何をやってるんだ、今がどんな状況かわかってんのか?
---分かってるよ。仕方ないだろ、真横であんなにプルンプルンされちゃ。視界に入っちゃうんだぜ。
---奥さんの大事な時に、なんて不謹慎なヤツだ!お前も一緒に励ませよ!
---もとはオマエも似たようなモンじゃないか。急にマジメぶりやがって。

ボクの脳内で激しい議論が繰り広げられていた。とても人様には言えたコトではないが、ボクの脳内ではまさに天使と悪魔が戦っている、そんな状況になってしまった。戸惑うボクには関係なく、分娩室の熱気はさらに増していった。「ふーっ、ふーっ、ふーー!」の大合唱、それはまるで教会で歌われるゴスペルの一場面のようだった。奥さんは表情を歪めながらも必死に赤ちゃんを送り出そうとしている。周りが全力で応援している。そんな中で、ボクはひとり不謹慎なモードを発動してしまい戸惑っていた…ああ、神様、不埒ふらちなわたくしをお許しください…ついそんな言葉が頭を横切っていく。熱気はさらに温度を上げ、大合唱は部屋中に響き渡り、そのたびにボクの横では彼女の胸が「プルン、プルン」と大きく揺れていた…

彼女が呼吸の使い手なら、きっと腕利きの剣士なのだろう。さしづめボクは首を切られるだけの鬼なのだろうか?何故か以前観に行った鬼滅の映画の場面が走馬灯のようにボクの脳裏を駆け巡った。「お産の呼吸、壱の型!」彼女はまるでそう言いながら剣をふるっているようにも見えた…ああ、もういっそこのアホを首ごとを切ってくれたら楽なのに、そんな風にすら思った。
やがて訪れる感動のひと時を目前に、自分一人が船に乗り遅れたような疎外感。そして湧き上がる性への欲望。ボクはなんてショーもないヤツなんだろう。ボクは様々な思いが交錯する中で感情の海に溺れてしまいそうだった。そしてお気楽なシッポ様だけがパタパタと音をたてて静かに揺れていて、ボクの周りはシュールな世界観が支配していた…

「汝、求めよさらば与えられん。」
どこからか神の啓示が聞こえたような気がした。え、クリスチャンじゃないけど…そう思いつつもこの際すがるにはワラでも何でも良さそうだ。安産祈願のついでに祈っておこう、そう思った。
「神様、お願いです。無事に子どもが生まれますように。奥さんが無事でありますように。」
「ついでにこの下品な思いも何とかしといて下さい…」

何この願い、レベルが全然違うじゃねーか。っていうか、そもそも願うレベルじゃねーじゃん。ボクは必死に母子の無事を願いながら、そう思った。


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