新製品の発表会

「こちらが新製品になります。最新のAI技術を導入し、日々進化するペットとしてあらゆる顧客様のニーズを満たしてくれると考えております。」

目の前に置かれた木製のお立ち台には、往年のSONY製AIBOとは似て非なる不気味な爬虫類ロボが鎮座していた。鱗ウロコまで忠実に再現された外皮はプレゼン用のアップライトを浴びて眩しいほどに輝きを放っていて、ヘビを模倣してデザインしたのが一見にして理解できた。数メートルはあろうかという細長い体躯の割に頭部は大きく作られていて、目の部分にはセンサーチップが埋め込まれているようだ。静かな電子音を発しながら周囲の状況をインプットして額部分の小型マイクと小型モニタには簡単な文字表示ができる仕様になっていた。

「どうでしょう。昨今の都会の部屋事情と生物を飼うという負担からも解放されるこの新作製品。今までにない光沢と質感を表現しつつも、動物らしさを損なわないよう素朴な愛らしさと情動表現を可能にしています。」

彼の言葉を合図に、右手の小型リモコンのスイッチが押された。ヘビロボ?のモニタ画面と外部マイクからは、およそ想像もできないような言葉が文字と音で表現された。

「お帰りなさい。寂しかったじょ。どこ行ってたんだよー。」

え、ヘビロボ、今なんて言ったの?　呆気あっけにとられたボクを置き去りにして、彼はさらに言葉を続けた。押しが強めの口調だ。胸の名札は「木島」とあり、その横にはわざわざこのヘビロボをカワイく仕上げたイラストまで描き込んでいた。

「このように、この新型機は飼い主の言葉使いや表現を学習する他に、飼い主の感情変化まで子細に情報収集することが可能です。その結果、飼い主が望む会話内容や表現方法、声質までも成長しながら学習できるという基本構造を根幹にしています。」

ヘビロボ、オマエ頭いいじゃん。でもそもそもの前段階でオマエ身なりがどうみてもヘビじゃん。爬虫類マニア以外にどう訴求するんだ？ボクはこの広い会議室の中でひとり疎外された存在のようだ。斜め隣に座った腹の出た総務部長は「ペットにいいね」と手放しでの喜びようだ。無責任さと分析能力の低さが売りの方だが、逆に嫉妬心や敵対心が低いことで彼の評価は無能と有能の境を漂っていた。いわゆる上司にはしたくないタイプだ。

「ありがとうございます。デザインに爬虫類のヘビ型を選ばれたようですが、そもそも顧客ニーズの事前調査とその結果はどうでしたか？」

隣にいた冴島課長が珍しく口を開いた。優秀な若手エース格の人だが時々場の空気を読まずに発言してしまうことがある。えー、もう試作品できてるんですけど。このタイミングでそんなこと言うの？みんな思ってるのに言ってないよ、お偉いさんも揃ってるんだし！と戸惑うボクにはお構いなしに、木島クンは想定内だと言わんばかりの表情をこちらに向けた。それを見た冴島課長は寂しそうにうつむいた。ココロが折れた？のだろうか。

「もちろんです。既に業界大手のソニーさんがイヌ型の名機「アイボ」を24年も前に販売を開始しています。令和の新時代に合うように当然事前の顧客ニーズは調査済みです。」

ほーほー、ソコはね。やっぱりね。で、何でヘビなの？皆がそう思ったところで、彼はさらに言葉をつづけた。

「もちろん皆様の予想通りネコ型が一番の人気でした。ですがネコ型には押しも押されぬ名型機がテレビに映画に君臨しており、あの牙城を落とすのは容易ではありません。」

あの青いヤツね。ボクも子供の頃にマンガで見てました。確かにあのイメージは強烈だよ。みんな知ってるもんね。

「機能面とコストの観点から、今回はチャレンジを見送りました。次に縫いぐるみのようなゆるキャラのデザインが人気でしたが、顧客の求めるデザインが多方面にわたり選定に難航したのと、候補となったデザインが平凡で他メーカーとの競合に弱いとの判断に至りました。…」

木島クンはボクらの反応を敢えて待つように一旦言葉を切ってみせた。何を言うの木島クン、大丈夫？　隣で冴島課長は既に天井を見上げていた。目が遠くを見つめている。まさか転職でも考えてるんじゃ？とボクはひとり不安になった。

「そして最後は木島社長のツルの一声で、このヘビ型デザインの採用に至りました！！」

彼の掲げた左手は、壇上左の貴賓席に控えた社長を指していた。木島社長、そう言えばここは同族経営の非上場だった…木島クン、キミも同族さんだったのね。

なんか最近話題の中古車販売業者みたいだ…多分列席したボクら一同、そう再認識したひとときだった。

静寂が場をしきる中、ヘビクンの奏でる機械音がシュールな物音を立てていた。誰一人として「ホントに売れるんですか？」とは聞けなかった…

…そして数年後、ヘビロボの行方は誰も知らない。

注：表題絵はSONYさんのAIBO販売HPより、版権を考慮し一部画像を加工してお届けしています。