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理想の恋人⑦


彼が無味乾燥な現実に興ざめし微かな夢さえ諦めかけた時、AI人形ラブドールが彼の目の前に現れました。まだ早すぎる次世代文化への適応。僕らは価値観のアップデートも間に合わないまま、この問題に直面することになります。のちにこの事件をニュースで目にしたら、不幸なひとりのスケープゴート、それで終わりかもしれません。問題意識を共有できれば何よりです。先の未来に目を向けた者、取り残された者、歴史を見てもそこに軋轢あつれきが起こるのも当然ですね。

どうなるんでしょうね、このハナシ。悲しい未来予想図しか見えません…

理想の恋人ヒト、贈ります つづきです。…


風にすっかり秋の気配がするようになった。日差しはまだ眩しいが、酷暑の時期は過ぎたようだ。心地よい暖かな日差しを感じられるこの時期を、ワタシは気に入っていた。総務部では毎年この時期になると社恒例の最大行事の一つ、「大バーベキュー大会」の準備に入る。貴重な土曜日が潰されるのは正直カンベンなのだが、参加すれば飲み食いがタダだし、何よりボーナスのようにお小遣いまでもらえる。先の社長が残してくれた社員向けの憩いの会だと、タカミ姉さんはそう教えてくれた。

「バーベキューだって一応は家事だからね。みんな仲良く笑顔で楽しく。そして狙った獲物は逃がさない!」
女子会の席でのタカミ姉さんの力強いお言葉に、我ら独身女子一同は大いに盛り上がった。実際、ハンターたちの多くはいまだ大した収穫がなかった。言ってみれば、ワナのエサだけ食べられて逃げられたか、もしくはワタシのようにワナに見向きもされなかったか、だ。

「縄文人だったらとっくに飢えて死んでるね、ワタシら。」
部署で仲良しの久美子のそんな言葉にも、いつしか自然と力が入るようになっていた。ワタシ達は別に結婚に憧れてる訳ではない。でもどうせするんなら若い方がいいし、やめるのも早い方がいい。その方が残りの人生を有意義に生きられるから。そんな淡白な感覚が、いつの間にかワタシ達の中にはあった。今の世の中、オトコに多くは期待できない。よほど頼りになるオトコでもいなければ、子どもを生むのもためらってしまう、それが令和の世を生き抜く婚活女子の素直な気持ちだろう。

ワタシはまだ外見クンのことが気になっていた。だから総務で同期の片山クンに、さり気なくバーベキュー大会の幹事に彼を引き込んでくれるようにお願いした。片山クンはさり気なくお洒落で、さり気なくやり手のオトコだった。だから話はしやすいが、そうそうワナには引っかかることのない、すばしっこくて要領の良いウサギのようなヤツだ。そんな片山クンからのライン呼び出しで、ワタシと久美子は仕事終わりに駅前のドーナツ屋に集合した。

「あの外見クンだけど、なんかヤバくない?」
遅れて席についた片山クンは、席につくなり私たちにそう言ってきた。
「何かあったの、彼と?」
ワタシ達が聞くなり、片山クンはワタシ達の顔を順番に見てから言葉を続けた。
「仕事では話してたし、受け答えもしっかりしてたからね。特に仲良くはなかったけど、会えば挨拶くらいはしてたんだ。で昨日の昼にアイツのトコロまで行って、頼まれたから幹事の話をしたんだ。」
片山クンの口調はいつになく平坦で抑揚がなくなっていた。

「そうしたらさ、アイツ『いま忙しいんだ、ゴメンね』って。『何か他に副業でもしてるの?』って聞いたんだけど、『違うよ』ていうから。だから『じゃあ何が忙しいのかな?』って聞いたよ。そうしたらさ、オレの顔を見つめたまま黙りこくっちゃってさ、なんか気まずい雰囲気になっちゃって。」
「だからさ、ひとつ軽くウケといた方が良いかと思って。『まさかあの変なAI人形ラブドールにでも手ぇ出してんじゃないの?』って聞いたんだ。」

AI人形ラブドール?ワタシには聞きなれない単語だった。ワタシが片山クンに聞こうとしたら、久美子がワタシを左手で遮った。そして目を丸くしながら片山クンの言葉を今か今かと待っていた。
「そうしたらさ、アイツ、『関係ないだろ!』って大声出して、顔真っ赤にして怒って出て行っちゃってさ。何なんだろ、アイツ。」

久美子はやっぱりね、という顔でワタシの方を見た。それから今のハナシの解説を分かりやすく始めた。今でも双子の弟と仲良しな彼女は、男女両方の話題に詳しい。「AI人形ラブドールってのはね…」すると何故か片山クンまで、興味深そうに久美子の話を聞いていた。
「何よ、アンタまで。もしかして、欲しいんじゃないの?」
久美子にそう言われて、片山クンは恥ずかしそうに頭をかいていた。

ハナシを聞いて、ワタシの心中は複雑だった。所詮しょせんAI人形ラブドールでしょ、なんでそんなものにハマるのかしら…そう思う反面、ワタシは外見クンのことが心配でならなかった。



(イラスト ふうちゃんさん)

                                                                                                         

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