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東京(なんだその質問はっ)そして「また会う日まで」



 青春アミーゴなの。私は私の人生を生きるの。絶対誰にも邪魔なんかさせないから。私を止めるなんてできないの。もう決めたのよ。
とかなんや言うてる人って年取ったらどないすんねやろ。絶対後悔するやんか。早いうちにまともな大人になったほうがええでって誰か教えてあげぇや。ちょっと見てられへんわ。
とか言ってる人って、私落ち着いてて見識と教養とがあって知的だし、なんなら瑞々しい感性も失ってないよだから若者の想いが理解できるんだ、なんて思ってそうで怖いよね。
って言って次から次へと色んな属性の人間を否定してるアタシもう今年で36歳って本当にヤバくない??


 と油性ペンでお腹に書いて、それから地べたにぺたんと座ったまま、天空へと屹立するボッキした巨大おちんぽん君を両手で撫で回して
「こらぁ、ええで」
と法悦に達したのは今日の朝、家を出る前のことで、じゃあ今はどうなんだというと、
「はよぉ死なんかいっ、はよぉ死なんかいっ」
と呻いて必死に焼死体を埋める穴を山中で掘ってるのよネン。」



 換気扇が故障したせいで湯気が充満したユニットバスの風呂あがりに、そんな長い長い独り言をいって、備え付けの小さい冷蔵庫からペットボトルの綾鷹をとり出しゴブゴブ一気飲みした池上彰は、バスローブを身にまといリビングへと優雅な足取りで向かった。
 といっても家賃が月5万5000円と都心では破格のクソボロ激せま事故物件なので、台所から1秒でリビングに到着するし、その光景に優雅な趣は微塵もなかった。

「いい湯いい湯いい湯でしたっすわ」

「すわすわ」「悶々」「ドキドキ」「むんむん」

「どうも、今の時代にはだしのゲンを全巻新品で購入したバケモンで~す」

 などと意味不明なことをまた言いつつ上機嫌で部屋の中央にあるJean-Marie Massaudがデザインしたイタリア高級家具メーカーPoltrona Frauのソファ(Archibald King約120万円)に座った。
 それからダンボールのテーブルに置いてあるリモコンを取って操作すると、向かいの壁際の床にじか置きせられたソニーのBRAVIA Z9H KJ-85Z9H、85型の8Kテレビ(約200万円)の広視野角技術"X-Wide Angle"が搭載されたディスプレイがポオオンと光った。
 高輝度かつ高コントラストのバックライト方式"Backlight Master Drive(BMD)"によって最大輝度性能が格段に向上し、かつ映像の明度を感知して電流を集中させ輝度を引き上げる"X-tended Dynamic Range PRO(XDR)"が色彩豊かな映像情報を出力する。

 そんなハイブランドソファに座り、ハイエンドTVで何を観るのかというと昨日録画しておいた『ロンパリ王決定戦』。朝10時放送の特番。
音を画面の中に定位させて映像と音の一体感を高める"Acoustic Muti Audio"を採用した2.2ch構成の、画面上下左右の4か所に搭載したミッドレンジスピーカーとツイーター、背面の中央程度の高さにサブウーハーを独立駆動で左右に2基搭載しているスピーカーから芳醇なサウンドが繰り出されていたが、うまいこと録画がされなかったのか、開始10分もしないうちに画面上には虹色の砂嵐しか映らなくなった。
 あらゆる映像を高精細化する"8K X-Reality PRO"の機能として超解像データベースを追加し、8Kアップコンバートの精度を高めたという高画質プロセッサー"X1 Ultimate"が採用されているにも関わらず、このような無残で無様な映像体験になってしまったことがショックで池上彰は思わず

「なんだその質問はっ」

と部屋が共鳴するくらい大きな怒声をあげてソファから立ち上がり、茹でダコのように真っ赤な顔でリモコンを尻の穴にギュゥゥと押し当てた。


 池上彰がそんな感じでキレているのと時を同じくして、東京では大阪弁が流行していた。というか全世界的に流行していたのが日本にも上陸した。大阪弁は大阪の話法であるが、なぜか中国のとある都市で急速に大阪弁が流行し始めて、それが中東、ヨーロッパ、アメリカ大陸と西へ西へ勢力を広げていき、ついには日本に到来、波及、浸透、跳梁、跋扈。逆輸入のような現象が発生した。
しかし大阪弁が日本に波及してきたのは世界中の国々で一番最後だったから、その頃には日本以外の国々は既に大阪弁をやめて、普段どおりの会話に戻っていた。だからこの時、大阪以外で大阪弁を話しているのは東京都民だけであるというなんとも間抜けな事態になっていた。

 都民は何かあるとすぐ「なんでやねん」と言いながらすべり台の色をぬりなおし、あるいは「めっちゃええやん」と言いながら交通網を破壊し、「知らんけど」と言いながらECCジュニア教室に入会した。退会した。レビューで星1をつけた。
東京人も人間だから時にはなんともいえない、言葉にしがたい気持ちになることがある。そういう時はどおおおおおっと叫び散らしたが、コレに関しては大阪弁でもなんでもないと都民も気がついているらしく、誰かがどおおおおおっと叫ぶと周囲の人々はみな口々に「えぐいて笑」とはにかみながらVHSビデオを超高速でダビングしてそれを最寄の公民館に捨てた。喜捨。

 そしてこれは一連の流れに関係があるのかないのかわからないが、とにかく池上彰が尻の穴にリモコンを押し当て、都民が大阪弁を喋るのと軌を一にして日本の政党がおおむね消滅した。揮発性であったらしく、気化した。
その代わりといってはなんだが「腋腋スキスキ共産党」というのが設立せられて一時は支持率100%の最強与党になったが、7日で国民に飽きられてしまった。日本の内政は滅茶苦茶になって、だから政治家たちはみな「なんでやねん」と号泣して鬱状態になり、偽カップラーメン屋さんの床で三角座りとかした。


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 いったい日本はどうなってしまったのか。思ってるよりどうにもなってへんのだろうか。みんなが心配した。
「これでええんやろうか」とババアが聞き、
「ええやろ、むしろめっちゃええやん」とジジイは一度言ったものの
「ええちゅうことあるかいアホ」なんて急に発狂して松井秀樹モデルのプラスティックバットでババアの頭を叩きのめす夜。赤羽。
「ええちゅうことあるかい、どないしたらええんじゃ、どないしたらええんじゃ、焼酎買ってこんかい焼酎、わしぁ焼酎飲まな寝られへんのじぁボケがぁ」なんて発狂がエスカレートしてついにはババアを殴る蹴る夜。赤羽。
ババアは一人紫色の顔をしてとぼとぼ背中を丸めてコンビニエンスストアに向かう。ババアは小さくポツリ「えぐいて」と言ってから赤羽の闇夜にヌルリと溶けて消えた。消えたんだ。これがTOKYOの今なんだ。


 こんなことがここ最近ずっと続いて、じゃあ僕はいったい今まで何を気にしていたんだろう。という話になってくるわけで。僕だけじゃない。みんなだ。みんな同じ期限切れの半額券を手に持ってウロウロしている。手の脂汗と垢で黒く汚れた半額券。
何を半額にするのか、
「それは自分で決めなさいよ」
とテレビで池上彰が言っていたのはまだ大阪弁に汚染される前のことで、東京が東京だった頃。

 つまり僕がまだ「梅宮辰夫」だった頃。夏。一瞬の夏。君の笑った顔。揺れるうなじのおくれ毛。来年もまたここ来ような、という叶うわけのない約束。僕がまだ梅宮辰夫だった頃。両手いっぱいの花束。君の36度9分の、ちょっと高めの平熱。真夜中のコンビニ。一緒にアイスを食べた公園。日の出を見た新宿はずれの立体歩道橋の上。夏の朝。君の大阪弁。

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 でも今は違う。何もかもが変わってしまった。
「いい加減にせんかい」
「ふざけんなこのボケがぁっ」

などと居酒屋の壁に向かって叫び、服を一枚ずつ脱いでいく梅宮辰夫。

 その背広、ネクタイ、ワイシャツ、腕時計がアスファルトに落ちると同時に、アマゾン川3,900km上流の都市イキトスでは謎の火の玉が上空から降ってきて、周囲は大規模な山火事になり阿鼻叫喚の巷と化した。動物たちの震慄や木々の割れる音、逃げ惑う住民の泣き声はどす黒く煙る空に吸い込まれ、渾然一体となってひとつの大きな怨嗟の呻き声がアマゾン川流域全土に響き渡った。不思議をますます不思議たらしめるのはその怨嗟の声がまるで日本語のように聞こえることだった。

うそ(表記は"そ"であるが発音的には"せ"に近く、"そ"と"せ"の中間音が正しいのであり、英字表記するなら"tho"が発音的に近い)やん




「でもさ」
池上彰はゆっくり前を向いたまま、ベンチの隣に座る梅宮辰夫に優しく話しかけた。太陽が傾いて、薄闇の中で、夕日があらゆる風物を一面だけこがねに照らしていた。
「別にいいんじゃないかな。君が君じゃなくなっても」

私(もとい梅宮辰夫)は何も言わず黙っていた。金玉。私は池上彰の方も向かず、お互いに前を、ベンチから見えるこの世のすべてを見据えたまま、それきり黙っていた。

なんにも話さなければ、みんな話したことになると、昔の詩人が言っていたのを覚えている。それは、正しいような気がするよ。

ほんまかいな。
だから、また会う日まで。









それでは、ここで一句。

良い寝湯と
悪い寝湯とが
あるならば
それはちんこが
でるかでないか



おわり

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