見出し画像

父の宝物

祖母の作るカレーが大好きだった。

それは、数ヶ月に一度口にすることのできるご馳走だった。
父が祖母の家から持って帰ってくる特別なカレー。
そのカレーを持って帰ってくる父からは、その美味しさを家族に伝えなければという使命感みたいなものを感じた。
タッパにたっぷり入ったカレーを、父がまるで宝物みたいに持って帰ってきていた姿を思い出す。

それは子供から見ても、特別なカレーだった。
牛肉の大きな塊がゴロゴロ入っていて、食べるとホロっとくずれる。
人参もじゃがいもも大きくて、ルーもビーフシチューみたいに色が濃い。
そして、何より、
容赦なく辛い。
当時小学生だった私の舌には刺激が強すぎて
一口食べては、水を飲み、ヒーヒー言いながら食べていた。
子供に合わせる気は一切ない、本気で美味しさだけを追求したカレー。
たぶん祖母が、息子である父を喜ばせるために作ったカレー。
母が私たちのために作ってくれる甘くて黄色いカレーとは全く違う。

それを食べると大人になった気がした。
一瞬でなくなってしまうカレーの人気ぶりを見て、
父は「カレーは辛いから美味しいんだ。」と自慢げに言いながら、
それはそれは嬉しそうにニコニコしていた。
本当に幸せそうだった。

不思議なことにあの時のカレーを再現しようとしてみても、
どうしてもこれだ、という味にたどりつけない。
ルーを辛口でちょっと高級なものにしても、
具材を大きく切って、お肉を奮発して大きな塊肉を投入しても、
あの時食べたカレーにならない。
姿も味も、何かが足りない。

あのカレーには、きっと、祖母の父への愛情とか、父の祖母や私たちに対する想いとか色々なものが入っていたんだと思う。

ということは、もしかしたら、
もしかしたらだけど、
私が作るカレーは、家族にとってはあの時のカレーのような存在になっているのかもしれない。
なってたらいいな、と思いながら作る私のカレーは、
祖母のカレーとは全く違う、
夫と娘が好きな豚肉ベースの甘くて黄色いカレーだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?