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saki.
2017年1月23日 21:40
菜々美は私の心配を余所に、すくすくと育っていった。もうすっかり娘らしくなてもよい歳になっても、私の前では少女のようなあどけなさをいつも醸し出していた。それが私に対する気遣いから来るものだということに、私は長い間気付かなかったのであった。 その頃、菜々美は学校から帰るとまず私の部屋にやってきては、その日に起こったことを楽しげに話してくれるのであった。 冬は編み物をしながら、紅茶を片手に話す
2017年1月18日 20:35
電話の硬い音で、ふと我に帰る。特に急ぎもせず受話器を取ると、案の定、それは夫からであった。「もしもし、俺だけど……」そう言う夫の声は、何粒かの砂を含んだような声であった。「うん」と返事をしたすぐ後に、夫は畳み掛けるように言う。「今日も仕事で遅くなるから、先寝てて」と、今や聞き慣れた台詞を、一字一句変えずに彼は吐いた。「わかった、お疲れ様……無理しないでね」「ありがとう、じゃあ…
2017年1月11日 20:12
一度だけ、菜々美が駄駄をこねたことがある。あの子が小学校に上がってからのことだ。その数日間、私は体調を崩し床に臥せっていた。少し開け放たれた窓から、新緑の匂いが風とともに運ばれてきた。私にとっては床から眺める窓の形に切り取られた景色が、外の世界の全てであった。外の匂いを嗅いでいるうちに、ふと私はお腹のあたりから突きあがってくるような衝動に駆られた。少し熱っぽい身体が尚一層火照ったように
2017年1月5日 20:27
紗菜はこの頃、滅法口数が少なくなった。十六歳、という歳も勿論関係しているのだろう。しかし、ただ年齢のせいだけにしてはいけない何かが、そこにはあった。彼女は口をきかないどころか、私と目を合わそうともしなくなった。時々しつこいくらいに紗菜、と呼ぶと、彼女はふいにこちらを向いた。紗菜の真っ直ぐな瞳とぶつかる。その瞳は怖いくらいに透き通っていた。私の胸の内を見透かした上で、尚私を責めている