見出し画像

#014 PET検査でカブトムシの蛹に想いを馳せる

2019年3月11日

朝から鼻血が止まらず電車を一本乗り過ごす。鼻血を止める手術を先週実施したのだけれど、鼻の奥にまだ止血用のガーゼが残っていてカサブタみたいに張り付いている。それが何かの拍子で一部剥がれて出血したっぽい。久しぶりの鮮血だ。今週そのガーゼを取り除くために耳鼻科の予約を入れていあるのだけれど、それが終われば当分また鼻血に悩まされることはなくなるものと思われる。本当かな?少なくともそうであることを願う。

予定より一本遅れの電車に乗って大学病院に到着。今日は午後からPET検査なのだけど、午前中に検査と治療に使うためのマスクを作成するとのことで、朝イチの予約でCT室へ足を運ぶことに。

マスクというのは放射線治療中に患者が動いて照射部位がズレないよう、治療台と患者を固定するためのものだ。放射線はコンマ数ミリ単位で照射エリアを調整されるため、受ける側の患者も微動たりともしてはならない。そのため患者は自分の体形に合わせて作られたマスクを被って治療代に横たわり、マスクと共にガッチリと治療台に固定される。


百聞は一見に如かず。こんな感じ。

中世の拷問器具のようだが、これがマスク。

仰向けに寝かせられた状態の上半身に熱したプラスチックのメッシュ板のようなものを押し付けて形成されるコイツは完全に僕の体型と一致している。

ベッド台に乗せるとこんな感じ。

上の黒い人型に合わせて固定されるのだけど、固定されると身動きはおろか、瞬きさえすることができないほど密着される。

ちなみに口の部分についている四角い部分は内側のマウスピースとつながっていて、このマスクをかぶっている間はマウスピースを咥えている状態となる。だから呼吸は鼻からしかできず、メッシュの細かい穴が空いているとはいえかなり苦しい。まさに拷問器具だ。これを装着しての検査中にもし大地震なんて起きたら間違いなく逃げ遅れて死ぬだろうな、なんて不謹慎な想像をしつつ、午後のPET検査でのマスクデビューに備えて細かい微調整を繰り返していく。


PET検査は長丁場だ。まずは検査着に着替えて待合室で待機。その後名前を呼ばれて検査室へ。そこで腕をまくって注射を一本。この検査薬の中にマーカーとなる放射能が含まれていて、ガン細胞はこの検査薬を取り込もうとして放射能のカラーに染まり、その居場所を確定されるらしい。

注射を打った後には休眠室へ。いわゆるネットカフェのような仕切りで区切られたリクライニングチェアーが並んでいて、薬が全身に行き渡るまでそこで60分待機してくださいとのこと。

待機といっても読書も禁止、スマホも持ち込み禁止のエリアで当然何もやることがなく、ただひたすらリクライニングチェアの上で時間が経過するのを待つばかり。眠っていてもいいのだけれど、とてもじゃないけど惰眠をむさぼるような雰囲気でもなく、ひたすら時計の針を見つめて時間が過ぎるのをやり過ごす。何しにきてんだ俺は。

ようやく60分が経過し、名前を呼ばれて再び検査室へ。
そこで先ほど作成したマスクと再会。検査台とマスクに挟み込まれるように固定され、一切の身動きが取れないままCTの中へ吸い込まれていく。

いやちょっと待て、苦しいってば。

おそらく温度が冷えて完全に固まったマスクは若干縮んだのではないだろうか。先ほどよりさらにタイトなフィット感で顔面と喉元を容赦なく締め付けてくる。
さっきはここまで苦しくなかったはず、いや無理だろこれ、ガンで死ぬより先に治療台の上で窒息死なんてシャレにならんぜ。勘弁してくれ。

マジで意識が遠くなりかけ、さすがに耐えきれず唸り声とともに腕をブンブン振り回して異常事態をアピールし、検査は一時中断。検査技師の方々も訴えは聞いてくれたものの、さすがにマスクを作り直す時間はなく、苦肉の策として後頭部にあてがう枕をほんのちょっとだけ小さいものに変更して対処してくれた。

かろうじて呼吸はできる程度に気道を確保できたものの、息苦しいことには変わらない。目も開けられない中で自分の呼吸にだけ意識を集中する時間が延々と続く。さすがにこんな体験は生まれて初めてだ。自分が死んだのち、棺桶の中で突如息を吹き返したらこんな気分なのかもしれないな、あるいは蛹の中で羽化を待つカブトムシの幼虫ってのはこんな心持ちなのか?そんなことを考えながらただひたすら時間が過ぎるのを待ち続ける。

はーい、お疲れ様でした、起き上がってください。そう声をかけられてマスクを外してもらった時にはマジで生まれ変わった気がした。時計を見ると40分が経過している。たったそれだけの時間と言えるのかもしれないが、身動きの取れない蛹のような状態の俺にとっては無限の時間のように感じた。長かった。

しかしこれでやっと解放だ。実際の治療では5分も掛からないらしい、5分ならなんとか耐えられるだろう。そういう意味では一度くらいこの長丁場を経験しておくのも必要かもしれないな、でももう二度とこんな検査はやりたくないぜ。そう思いながら立ち上がり、ベッドを離れようとした俺の背中を信じられない言葉が襲いかかる。

はい野田さん、そうしたら今度は40分後に同じ検査をもう一度やりますからね。また休眠室へ戻ってお休みください。

そして40分後、再び同じ検査室へ。
俺の心は虚無になった。


そんなこんなで散々だったマスクデビューだが、稀に愛着が湧いて治療終了後に持って帰りたがる人もいるんですよ、だって。本当かよ?家に帰ってまで装着して眠ったりするのだろうか、絶対やだけどな。

まあでも治療が終わった暁には感極まって欲しくなってしまうのかもしれない。俺がそうならないとは限らないよな。持って帰るか、やめておくか、35回の治療が終わるまでには考えておくことにする。少なくとも今の気分では絶対いらないけど。


美味しい食べ物とか、子供達へのおみやげとか、少しでもハッピーな気持ちで治療を受ける足しにできれば嬉しいです。