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#026 【放射線治療9日目】国土復興と味覚探求

2019年4月4日

少しずつ、ほんの少しずつではあるが体調は回復してきている。昨日はセミナー、今日はクライアントへの施術、どちらも体力的にちょっぴり不安だったのだけど、つつがなく終わらせることができてホッとした。人と接している時間というのは気が張って良いコンディションを保つことができるのかもしれない。その証拠にどちらも終わって皆と別れた途端にバタンキューで、ふらふらになりながらもかろうじて帰宅したような体たらく。それでも若干の手応えを感じて嬉しくなった。

抗ガン剤というのは焼夷弾のようなものだそうだ。本来がん細胞だけを焼き尽くすことができれば至上ではあるのだが、現代の医学ではそこまでピンポイントにターゲットを絞ることができない。だからひとまずガン撲滅を目指して周囲の細胞もろとも全てを攻撃する。テロリストを攻撃するために焼夷弾を用いてその国全体を焼き尽くすようなものだ。当然周囲に暮らす何の罪もない無辜の民も犠牲になるが、正義の前ではそれらは必要悪とされ、顧みられることはない。せめてものケアとして副作用を抑える薬を投与され続けるだけだ。

描いててムカムカしてきたが、極論を言えばそんな感じに集約されるのだろう。俺の身体という王国は前回の抗がん剤であらかた焼き尽くされた結果、退院後も様々な副作用に悩まされることとなった。それでも確かにがん細胞は小さくなっているし、吐き気や倦怠感といった大きな副作用も軽減されつつあるのは実感している。少しずつ身体が回復しているのだ。さしずめ焼き尽くされた国土ながらも生きながらえていた住民達が息を吹き返し、地を這うような日常の復興を目指して蠢き始めているのかもしれない。

戦後の日本の復興を自分の身体の中に感じるといってはおこがましいが、俺達の祖先はそうやってこの国を零から未曾有の大国に盛り返してきたのだ。かの大戦からの復興の甚大さに比べればたかが自分の身体ひとつ、やってできないことはない。そう思うと勇気が湧いてくる。俺の体内に潜む勤労なる民よ、愛すべき勤勉なるともがらよ。わずかな希望の光に向かってともに復興の道を歩もうではないか。

しかし愛する民よ、本当にすまぬ。俺は更にあと二回もこの国土を焼き尽くさねばならぬのだ。果たして君達はそれに耐えてなお復興の歩みを進めることができるだろうか、俺は耐えられるだろうか。


味覚障害は相変わらず俺の身体を蹂躙している。しかしそれでも色々と試すうち、ある程度の相性があるのがわかってきた。食べた全ての食材に対して書いていくのは膨大になるので割愛するが、その素材に存在しない味はせず、素材の持つ苦味やエグ味が醸成されて舌に感じられるといったほうがいいかもしれない。

きっかけは病院のロビーに設置されているベンダーのココア。これが甘くて美味しかった。全て苦味に包まれた世界でこれを口にした時の歓喜といったら!自販機を抱きしめてキスしてやりたいくらいの衝動に駆られたがすんでのところで堪える。祝杯を上げるべくお替わりのボタンを押そうとしたが、今度はココア独特の喉越しがなぜか吐き気を誘発しそうになって断念した。なかなか上手くいかない。

まだまだ研究の余地はある。確かにめっきり食欲は落ちてしまったが、それでも生きるためだ、俺という国土を復興させるため、しっかり食を繋いでいかなくてはいけない。

美味しい食べ物とか、子供達へのおみやげとか、少しでもハッピーな気持ちで治療を受ける足しにできれば嬉しいです。