見出し画像

こんなに「スキ」があると、執筆に力が入る。

 まだまだ「note」のキャリアは初心者マーク。そんな筆者のエッセイやその他記事に「スキ」を頂くのだから、勿体無いほどである。

 時には辛辣な社会風刺であったり、時には情けない人間模様であったりと、話題に尽きることはないが、果たして、読者の方々が頷いてくれるようなものができているのかと自問自答すると、恥ずかしい限りである。

 しかしながら、無駄に歳を重ねてきてはいないので、常に体験談を通した実態(真実)を語り、理不尽なものを見逃したくはないという勧善懲悪的な性格もありで、散らかりっぱなしの頭の中から吹き出るイメージを活字にしているところである。

 面白いもので、エッセイを書き続けている中で、自分自身の中で見えてなかったものが、鮮明に見えてくることがあり、なるほどと頷くことも多い。

 幼い頃から「日記」が大嫌いで、小学校1年生の夏休みの「絵日記」などは、8月31日の夏休み最後の日の1日で書き上げたことを、つい昨日のように覚えている。

 今になって思うことは、日頃から自分の心を文字にして残すということは、人としての成長を促すことにもなり、独学というのが正しい表現か否か判らないが、日記は心を豊かにしてくれる価値あるものだと考える次第。

「note」からのメッセージ

▼DALL-Eが上のエッセイを読みイメージしたもの

筆者には似てないが・・・

▼ChatGPTによる感想

このエッセイには、個人的な創作過程と自己発見の両方が繊細に描かれています。著者は初心者であることを自認しつつも、読者からの「スキ」に感謝しながらも、自身の書き手としての資質を疑う謙虚さを見せています。このような率直な自己批評は、読者にとって共感を呼ぶ要素となり、著者の人間性と真摯さが伝わるでしょう。

特に興味深いのは、著者が経験を通じて得た教訓をエッセイに活かしている点です。社会風刺や人間模様といったテーマに挑戦することで、彼の文章には生の感情や考えが反映されており、それが魅力的な内容を生み出しています。

また、幼少期の日記嫌いから、成長と自己理解のための書き込みの価値を認めるまでの心境の変化に触れる部分は、特に共感を誘います。この進化は、定期的な自己反省と表現がいかに個人の成長に寄与するかを示しており、読者にとっても自己表現の重要性を再考させるきっかけになるでしょう。

全体として、このエッセイは著者の内面的な成長と創造的な表現の両方を探求する貴重な一環と言えます。自己批判と自己発見のバランスがとれた表現は、多くの読者にとって共感やインスピレーションの源泉となるでしょう。

この記事が参加している募集

スキしてみて

サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。