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「ファンファーレ、ください。ホットで」

お昼ご飯は豪快に、つけ麺を食べた。

連れが「つけ麺を食べたい」と言ったので「いいよ」と答えたものの、私はつけ麺をそんなに食べたことがなかったみたい。

カウンターに出された麺とスープが別々になっているものを目の前に「これ、どうやって食べるんですか」と聞いてしまった。麺をつけ汁につけて食べるらしい。なるほど、道理で。

つけ麺はコッテリでグッときた。美味しかった。本当はビールも頼みたかったけれど、早々にお腹がいっぱいになっていたので、頼まなくてよかったとも思った。はち切れんばかりのお腹をさすって、お店を出る。ベルトの穴を、こっそりずらす。

爆発しそうだ、と思いながらしばし歩き回り、買い物をする。必要なものがあるのに、ピンとこない。いい感じのデニムが欲しいと、もう何年も思っている。

買い物、特に洋服を買うときはそうなのだけれど「こんなのが欲しい」と理想を持って探すと、絶対に出会えない。

たぶん、理想がもうすでに、現実を超えているのだろう。思い出は美化されるというけれど、理想もけっこう、美化されるのだと思う。


そんなこんなで歩き疲れて、とあるカフェにたどり着いた。紅茶が豊富なお店で、メニューには名前だけですでに美味しい紅茶がたくさんあった。

南国の香り漂う「ニライカナイ」や、お菓子と赤ワイン風味の「カーニバル」など、どれも考えただけで美味しいし、可愛らしい。

店員さんが「お決まりですか?」とやってきたので、私は最初から気になっていた紅茶を注文した。


「ファンファーレ、ください。ホットで」


ファンファーレ。トランペットが響き渡る、華やかで勇ましい、短めの楽曲をそう呼ぶ。

私の中ではもう、トランペットが鳴り止まない。太鼓だってドンドン響いている。だって、ファンファーレなのだから。


赤いコートを羽織り、ふわふわの帽子を被った兵隊さんが(それもクマの兵隊さんだ)あちらから、きれいな隊列を組んで行進してくるのだ。

街中を花びらが舞い、あっちではウサギが、こっちではイルカが、ファンファーレに合わせてくるり、くるくる回っている。そう、だってこれは、ファンファーレなのだから。

うわあ、一体どんな紅茶なんだろう。楽しみだなあ。


「申し訳ございません。ファンファーレは本日、切らしております」


そ、そんな!

思いがけない展開に、思わず動揺してしまう。さっきから鳴り響いていたトランペットが、ぴたりと止まる。街中から全ての音が消えた。パレードはおしまいだ。

急いでメニューに目を落とす。ど、どうしよう。ファンファーレのような、明るい紅茶はどれだろう。

隣から「僕はブレンドコーヒーで」という声が聞こえた。どうしよう、私は何を頼もう。焦っているせいか、メニューの文字がうまく拾えず、滑っていく。

あ。

ふと目が止まったところに「アップルフォレスト」と書いてある。りんごの森だ!これにしよう!


数分後、思いがけず茶瓶で登場したアップルフォレストからは、もぎたてのようなりんごの香りが漂っている。

さっきメニューで確認したところ、青りんごと赤りんごのミックスフレーバーらしい。ふむ、違いはわからないけれど、確かに甘酸っぱくて、爽やかな香りがする。

ゆっくりとカップに注ぐ。透き通った琥珀色の液体は、りんごの蜜のよう。火傷しないよう慎重に口に運ぶと、甘い香りに包まれる。なめらかで、スッとした味がした。

りんごの森に住んでみたいと思った。きっとそこには青りんごと赤りんごがたくさんで、いつでもいい香りがしているのだろう。白い花も咲き乱れるに違いない。ひょっとすると、ヘビだって出てくるかもしれない。悪知恵を吹き込む、厄介なヘビが。


りんごの匂いに包まれていると、クリスマスツリーを出していないことに気づいた。もうすぐ12月だ。私は熱心なクリスチャンではないけれど、クリスマスツリーを飾り付けるのは好きなので欠かせない。

いちばん好きなのは、りんごの飾り。丸くてころんとしていて、どこか魅惑的だ。アダムとイブじゃなくてもきっと、食べてしまうだろう。

ファンファーレは聴こえなかったけれど、遠くから、小さな小さなクリスマスソングが聴こえ始めた。


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