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シラカワゴーズオン【ショート文芸】

                              
訪れる人が、まさに日本の原風景だと言う。

おれが生まれ育ったのは岐阜県の白川郷、世界遺産の村だ。

風を浴びて、木々の香りを嗅ぐ。今年の雪解けは早かった。太陽が山々の間から高く上る。春。白一辺倒だった景色に、豊かな色彩を運んでくる。
もうすぐ高校二年生になる。

春休みにタカちゃんが帰ってきた。近所に住んでいた三歳上のタカちゃんは、大学生になり上京した。会うのは約一年ぶり。一瞬ギョッとした。髪は茶色でパーマも当てていて、何より彼女を連れてきたからだ。

「チャラくなった?」とおどけて言うとタカちゃんは照れて「なんも変わっとらんよ」と笑った。

東京出身の彼女は、メイクやら服装がオシャレで、華々しい美人だった。山に囲まれ冬は特に集落からは出ないから、タカちゃんが連れてきた春みたいだった。

彼女は、合掌造りとか自然とか、おれたちの身近にあるものを珍しそうに見ては感嘆の声をあげる。
「本当すごい、綺麗」

自分が生まれた場所をよその人が褒めてくれるのは、誇らしい気持ちにさせる。タカちゃんは、「久しぶりに帰ってきたらマジに落ち着くわ」と言って目を閉じて深呼吸した。「こうすると、白川と自分の呼吸が合っていく気がするんよ」「白川の呼吸?」「そう。この土地のリズム」「確かに東京とは違うね」

時間の流れも、空間の流れも、一年会わないだけでタカちゃんは大人っぽく見えた。

「おれはどう見える」おれは訊いた。

「おまえはここの人間やから。ここの一部や。だから土地と暮らしと調和しとる」

でもタカちゃんおれもな。東京へ出たいんや。そう言いたかった。言えなかった。

「大学卒業したら白川戻ってくるん」

「どうやろな、彼女もおるしなあ」

タカちゃんははぐらかす。わかっている。

小さい頃から、白川の自然や文化は、じいちゃんやばあちゃん、ずっと前のご先祖さまから守られてきたもんやから、大事に手入れしないとあかんよと言われ続けてきた。今、この村にこどもは少なくなっている。

「去年の稲刈り、タカちゃんおらんかったからしんどかったわ。新入生も少ないし」

「他所も似たようなもんやろ」

「白川、なくならんよな」

「何言うてんねん」「ごめん」

「シラカワゴーズオン」「え」

「オレは白川が好きや」

タカちゃんが、おまえは? と尋ねてくる。

「おれも、ここが好きだ」

「だよな。なら進んでいくさ。これからも。たくさんの人の気持ちが、守るものをちゃんと守る。土地がオレたちをずっと守ってくれているように。それは止まらない」

タカちゃんの言葉は只の気休めじゃなかった。
熱を帯びて、雪が解ける。
進む。進むんだ。

春は来る。変わらないものと変わっていくものを見守って。

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