見出し画像

誰かのために書くということ (地平線をのぞむ 第8回)

 数日前、1年ぶりぐらいに図書館に行った。ライターになってから初でもある。落ち着いた雰囲気が昔と変わらず私を迎えてくれた。
 ただ、書く側になったという変化から感じるものもある。本を久しぶりに落ち着いて読んでいると自分が書いている文章に対してのあれこれを思考するようになっていた。書く側になったが故のことだろう。その中で考えたことをいくつかお話しできればと思っている。
 私と同じように書くことへの悩みを抱えている人の助けになれば幸いだ。


本は読者の為にある

 右も左も、前も後ろも、沢山の本に囲まれて想ったのが全て誰かの為に、見知らぬ読者の為に書かれているという事実だ。それが小説や詩集から教養本、技術書までどんな本でも読者を想定して書かれているのだということに今更気付かされた。
 その事実にショックを受けたし、私の文章を振り返って反省した。
 どこまでも独りよがりで、仕事だからと惰性で書いていたと自覚したのだ。その事に気づいた私は拙いながらこの文章を書いている。
 結局、誰かに読んでもらうことを考えながら書かないと読んでもらえる訳がない。だから心を入れ替え誰かの為を想う文章を書く事にした。今回はこの気づきを私と同じ悩みや迷いを抱えた人の助けになることを願い、共有したいと思う。

文章が上手いと思い込んだ故の失敗

 私が文章を勉強したのは高校時代である。その後、大学の芸術学部での活動で活用すると人気がでて褒められることも多かった。それで勘違いをしてしまったのだろう。文章や写真が上手であれば勝手に評価がついてくると思い込んでしまっていたようだ。
 しかし、それはあくまで学校という特殊な環境下での話だったという事に気付けないままライターとして仕事を始めてしまったのである。
 当然ながら世界は広い。私より文章も写真も上手な人が沢山いる。それに読者は見知らぬ誰かであることがほとんどだ。そんな世界で読んでもらうのに必要なのは読者の方を思う心なのだと図書館に行った事で気付かされた。これから私は、この気づきを忘れずにライターとして励んでいきたいと思っている。

誰かのために書くということ

 自分の為に書くことも良いことだとは思う。私も心の整理が出来る気がしているからだ。しかし、そんな自分自身の為だけの文章が評価されないなんて言うのはお門違いだということを実感した。
 昨日借りた本は小説を半分とライティング技術の本が半分といった割合で、小説には夏目漱石や三島由紀夫、星新一といった著名な小説家を選んだ。ライトノベルを中心に読んできた私だが文豪と呼ばれる小説家の文章を読み、勉強してみようと思う。
 そんな中に一冊だけ異色な本がある。ハセガワケイスケ先生の「しにがみのバラッド。」というライトノベルだ。最後に読んだのは中学生の時だったはずで最低でも10年は経っていると思う。しかし、いざめくってみるとあっという間にストーリーを思い出した。因みにストーリーは真っ白い少女の姿をした死神が人と様々な形で関わる短編集型の小説になっている。
 なぜ、10年も前に読んだ小説のストーリーを思い出せたのか。最終的には想いなのかも知れないと考えた。想いを込めた文章は人に刻まれていくように感じたのだ。
 ただ、想いだけではなくそれを伝えようとする意思も大事なのだろう。そこに技術なども加わって人の心に刻まれる文章になると考えた。
 「しにがみのバラッド。」は死神の話である以上、死を身近に描いている重い雰囲気の小説だが、心にくるものがある。死というテーマと向き合う覚悟のようなものを感じたのだ。そうした想いや覚悟、そしてそれを伝える技術をもって良い文章が出来上がるのではないかと考えてみる。
 結局、人に読んでもらうには読者の方を考えなければならない。物書きはそのことを忘れてはならないと思うようになった。

人の心に響く文章

 小説家は読者を考えて物語を組み立てている。そのように見えなくても実は計算されているのだろう。夏目漱石が本気で書くととても難しい本になり普通の人には読めない。そういう本が実際にあると聞いた事がある。
 しかし、そうした話はあまり聞く事がない。教えてくれた先生も夏目漱石の著作の中ではマイナーすぎて知られていないとも話していた。読者のことを考えずに書くと文豪の文章ですら山に埋もれてしまうのだ。
 ただ、読者のことを考えればそれだけで良いのかというとまた別の問題だと思う。計算だけでできた文章は読者に媚びを売るだけの文章になってしまうように感じるのだ。伝えたい想いなどの文章の芯にあたる部分がなければスカスカの空虚な文章が出来上がると予想する。
 今回の文章で私は「誰かの為に文章を書くことの重要性」を軸にして書いて来た。図書館で得たこの気づきを共有することで、私と同じ悩みを抱えている誰かの手助けになれば良いなと思いながら書いている。
 読者の方を想う心と伝えたい事の両立が人の心に響く文章を生み出すと考え、今の私なりに頑張ってみたのだ。
 この文章が読んで頂いているあなたの心に響く文章になっていることを願っている。

まとめ

 簡単にまとめさせて頂くと読者を想う心が読まれる文章を生み出すということ。そこに、自身の伝えたいことを描くこと。さらに技術が伴うことで名文が生まれるのではないかというお話をさせてもらった。
 読んでくださったあなたにとってこの文章がそんな名文になっていることを願いながら締めさせて頂きたい。今後とも応援よろしくお願い致します。
 ここまでお読み頂きありがとうございました。

2024年7月
地平線


(撮影:地平線)

この記事が参加している募集

よろしければサポートお願いします。頂いたサポートにつきましては事業所の収入になりますが、今後とも書いていくためにご支援頂けますと幸いです。