東京他人物語「Tについて」

働き疲れて起きれなかったある土曜日。私を起こさないように、静かにシャワーを浴びて、静かに家を出ていった。昼頃起きたら、「頑張ってるよ、偉いよ。たくさん寝て、気が向いたら絵も描いて。」とLINEが来ていた。洗濯籠を覗くと、うちで一番ボロボロのタオルが、ビシャビシャに横たわっている。真夜中にママチャリで2ケツしたら、パトカーに注意された。商店街で買ったパンを、バス停のベンチで食べたりした。そういう時、私はいつもすごく恥ずかしかったけど、いつもとても楽しかった。池袋の電気屋で、彼の引越しに伴い、家電を買った。それまで友達の家に居候していたらしい。当時お金のあった私は、「オーブンレンジにしたら?」と的外れなことを言ったけど、彼は一番安くて機能性の悪い電子レンジを嬉しそうに買った。「これで冷凍食品が食べられる。」その後にデフォルトでされるようなウォーターサーバーの営業を彼が断りきれなくて困っていたので、「とりあえず、いいです」と私が代わりに断ってあげる。店員さんは私のことを彼女扱いしながら接客したけれど、一緒に住む予定なんてあるわけがないのに。たまにうちに来て、今日はこういう仕事を任せてもらえたと言って、身振り手振りで教えてくれた。そういう時いつも、私は母親のように「すごいね、よかったね。」と言った。いつも同じスケーターの動画を、姿勢良く座って、真剣な眼差しで見ていた。このスケーターは桁違いですごいんだと、教えてくれる。そのスケーターは、高校生の頃から付き合っている彼女と結婚していて、よくインスタに出てくるんだとも。そう語る彼の目には、憧れ、というものが光っていて、いつも遠いところにいる彼が近くまで来てくれた気がして、私はとても嬉しかった。最後うちに来た時にはかなり泥酔していた。「すいません、迷惑かけました。」と言って家を出ていった。全然迷惑じゃないのに。その後何度か「ご飯、食べに行かない?」と誘ったけど、無視され続けた。とにかく元気でいてね、と私は思う。そう思う、私は偉い。頑張ってるよ、偉いよ。たくさん寝て、気が向いたら絵も描いて。気づいていないふりをしていたけれど、彼のケータイのロック画面は、茶髪のショートボブで、赤いブラウスのよく似合う女の子だった。少しぽちゃっとした可愛い顔していて、頭がひどく悪そうで、とても幸せそうに笑っていた。悲しくもなかったし、驚いただけ。いいや、本当はとても寂しくなった。どうしようもないこともあるんだと思った。お金はあっても、寂しくて貧しい私。まっすぐに曲がれる、お金のない彼。田舎で彼を信じて待つことしかできない、赤いブラウスの女の子。みんなどうしようもなく、気の毒で、馬鹿だった。信じることは、馬鹿がやることだと思った。

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