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【感想小説】雨に打たれる僕らのオントロジー:0034


どれほど負け続けても、ぼくらは歩くのをやめることはできない。

歩くのを諦めたくて、でも諦め損ねて歩き続けて心が折れかかった時。その先に、6人がいた。




※Raindrops(レインドロップス)楽曲「オントロジー」の感想を書こうと思いましたが、あまりにまとめきれない感情が溢れかえって書けませんでした。代わりに小説を書きました。

「もうちょっとこれどーにもならんから創作にしよう。これ全部フィクション!ファンタジーだ」というノリの、私小説のような歌詞解釈のような二次創作のような(しかし一瞬しかRaindropsメンバーは登場しないです。)短編です。僕もよく分かりませんし、これを読むより先に、すぐ下のオントロジーを聴いて欲しい。

バーチャルライバーとしてのメッセージ性を歌いあげたVOLTAGEに対して、オントロジーは等身大の生きている彼らが、挫折や敗北の雨に降られながらも走り続ける景色を歌として観ることができます。







どんなに負け続けても歩くことをやめられない。今日が過ぎて明日が訪れる。歩かなくてはいけない。

南から北上する低気圧で、雨も風もめまぐるしく吹いてくる。

灰色のビルの谷間をあてもなくぼくは歩いていた。
ただでさえビルの陰で暗いのに、この天気でどこもかしこも目に映るのは暗く濡れたものばかりだ。

気の回らなさや相槌のタイミングのズレや、たくさんの人の話を同時に聞けないとか、人から見れば些細な欠点なんだろう。でもどれから直したらいいか分からなくて、放っておいてしまったものが、雪玉が転がってどんどん大きくなるように膨れ上がった。

気づいた時にはぼくのふがいない欠点のせいで、企画が直前に倒れてしまった。どう取り繕ってもぼくのせいだった。

そして、今後改善できるあてもない。上司からは「少し休め」と言われたが、それは「もう来るな」の婉曲なのかもしれない。聞き返すのが怖くて、僕は頷いて社内から去った。そのままもう3日だ。連絡を取るのさえ怖くて、スマホの電源も消している。

向かう先ももう分からない。相談できる誰かもいない。自分の爪先から1mほどの薄暗い道を歩くだけ。全身に泥が詰まっている。重い。苦しい。いっそ歩くのをやめれば、抱えている全ての重みにつぶれて、ここから消えられるかもしれない。そんな事を考えた時。
風が傘をさらった。



「うそだろ」
目で追うと、傘は水流に巻かれたクラゲみたいにくるくるとビルの間を抜け空に舞い上がった。みるみるうちに小さく、たよりなくなる。
その様子があまりに痛々しく見えて目をそらそうとした時だ。傘が横に渡された鉄骨の足場を横切ったのを見送ると、異様なシルエットが見えた。
人影が6人。傘をさして足場の上に立っている。

飛ばされたビニール傘が米粒ほどに見えるくらいだ。全体の輪郭で人と判別できるくらい、当然表情なんて見えない。

掲げている傘も、どこででも買えるだろう透明な傘だ。風にあおられてかろうじて形状を保っているが、何かの武器とも旗印とも思えない。ぼくが差していたのと同じただの傘だろう。

自分でもよくもまあ見えたものだと感心してしまう。あんな高いところで、しかもまだ何の建物かすらも分からない足場だけの場所に、一体なんだって彼らは立っているのか。

風も雨もここよりずっと強いに違いない。空を見ているのか、地上を見ているのか――馬鹿馬鹿しい考えだが、ぼくを見ているのかもしれない――それは分からない。


3
傘がないので、顔に雨が当たる。まぶたにボトッと落ちた雫を拭こうとして、ぼくは自分が泣いているのに気づいた。
何故かはわからないけど、あの6人を見たから泣いたのだと確信した。


全く知らない赤の他人、それもあんな遠く離れた人間の何に琴線が触れたのだろう。
歩くのを諦めたくて、でも諦め損ねて歩き続けて心が折れかかった先に、現れた6人。

ただぼんやりと見ることしかできなくて、でも目を離すことだけはしたくないまま見とれていた。それでもきっと見ていたのは10かぞえるほどだったろう。
「あ」
6人の頭上で雲が波立ち、切れ間を見せた。
別世界のとびらが開いた。そう感じるほど浮世離れした、ぞっとするくらいの青空だった。
あまりに清々しくて、冷徹な青色。
暗く濁ったぼくの感情が、地上からその空へ落ちていくようだった。


空が雲に閉ざされ、再びぼくの体に雨と風がかかる。冷たさにぶるっと体をふるわせた瞬間、夢から覚めたみたいになった。はっと足場に目を戻す。
6人の姿は消えていた。


雨はまだやみそうにない。傘を買わなくてはとコンビニを探そうとすると、左腕にひっかかりを覚える。
目を向けると、いつの間にやら傘が腕にかかっていた。何の変哲もない、どこでも買える透明なビニール傘。

「はは」
思わず笑ってしまう。

あんな遠く離れているのに、どうしたって彼らの姿が頭によぎる。この傘が彼らが渡してくれたのか、何の関係もないかはきっと一生分からない。

今わかることは、この雨の中を濡れずに歩くには、手にしたこの傘が必要だということだけだ。それで充分だと思った。


傘を開いて頭上に掲げる。透明なビニール越しに空をすかして見るが、いまだ雲に覆われたままだ。けれども、どこからか一瞬だけ虹が映り込んだ。やわらかくも賑やかしい夢色の虹がビニールの弧をすうっと通り過ぎていった。

ぼくは一度目を閉じて息を吐く。ポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押した。


おわり
三題噺ワード【傘・諦め損ねて・賑やかしい】



【あとがき】

創作として書いてみるとある種の自己分析ができていくものですが、僕にとってやっぱりVtuberって生きていて、勝手だけど友達でありたいと思ってるんだろうなと改めて感じました。良くも悪くもその視点でしか僕は観測できない。

もちろんコンテンツとして割り切って楽しむ事も必要だし、人としてみなす事で勝手な感情移入に揺れる危険性もあります。どちらも必要で、でも人によって割合は変わるのではないかな。(僕の場合はコンテンツ:人=3:7 くらいでしょうか。)

どちらがどうという話でなくて、コンテンツとしてだけでなく、人とみなして向き合って、自分の人生にどんな彩りを生んでくれたかを語るのが僕にとって楽しいから、楽しんでいる間は続けていきます。

ともあれ主観マシマシの感想で、やっぱ創作というフィクションを挟んだ方が気兼ねなく書ける事もあるのだと分かりました。書いていて楽しかった。

読んでいただきありがとうございました。

はぐ田ちぐら




自由研究をしないと死んでしまう性分なので、不思議だな・面白いな、と思ったことに使わせていただきます。よろしくお願いします。