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5/22 mon 【movie: 心の映写機で】

 この春、新宿・歌舞伎町に色濃く残る歴史を脈々と受け継いで、新たなシネマコンプレックスが誕生した。東急歌舞伎町タワー「109シネマズプレミアム新宿」だ。前身である「新宿ミラノ座」は、60年近くに渡って多くの人々から愛され、2014年に惜しまれつつ閉館した。目まぐるしい都会の渦の中で、映画という文化を繋ぎ続け、そこで暮らす人々の希望であったに違いない。生まれ変わったハイスペックなシアターは、まるでその時代と情熱を積み上げたかのように高くそびえ立ち、新宿のネオン街を見下ろしている。
 足を運ぶきっかけとなったのは、世界的音楽家・坂本龍一氏の訃報である。私が音楽に真剣に取り組み始めた10代半ば、彼が手がけた映画音楽の代表作「Merry Christmas Mr.Lawrence」と出会った。映画館もない田舎の町で育った私は、映画より先に音楽と出会うこととなったが、大人になった今、映像作品と音楽・音響の深い結びつきに感銘を受けている。

 対する茨城県の田舎町。かつて「映画を観る」ということが日常ではなかった地域にも、市町村合併を重ね、商業施設の発展とともにシネマコンプレックスは誕生し、活気に満ちてゆくこととなる。襲いかかる不況の波や、歴史に残る東日本大震災などを乗り越え、2017年10月、茨城県那珂市に県内唯一のミニシアター「あまや座」がオープンした。車がなければ移動が困難な立地にも思えるが、辛抱強くJR線を乗り継げば都内からも辿り着ける、地元の映画好きに愛される名画座である。ここへ訪れると、なんだか懐かしいような、小学生の夏休みみたいな気持ちになるのだ。その小さな空間では、なんとも言えない一体感が生まれる。作品がもたらす感動と世界観、それらを共有する仲間として、顔も名前も知らない偶然に居合わせた者同士が、短い夏休みの間だけ共に過ごしているように。

 幼少期に観る映画は、録画されたテレビ放映かVHSくらいなもので、「映画館に行く」と言うのは特別な行事だった。母の実家、つまり祖父母が住む街まで車で一時間。そこには映画館を含む娯楽施設もあり、たまの休日に遊びに行くのが楽しみだった。今はもう無くなってしまった古い名画座があり、見ていたのはもっぱらアニメ作品ばかりだったが、そこで「入場特典」なる小さなお土産をもらえることも大変嬉しく、当時の宝物になったことは言うまでもない。そこは現在コインパーキングとなり、ただ通り過ぎてゆく。時代と共に街は変わっていった。その一方で、文化や芸術は静かな炎を燃やし続けている。あの頃の記憶は、あまや座と共に蘇った。

 坂本龍一氏は、109シネマズプレミアムの音響を監修し、次のようにメッセージを残している。
「60年代後半、僕は新宿の高校に通っていたので、入学した当初から大きな好奇心をもって、新宿をくまなく徘徊しました。入学した4月には、制服・制帽のまま、新宿中のジャズ喫茶を訪ね歩いて、お気に入りの店をいくつか決めて、さっそく出入りし始める。次に新宿中の映画館をチェックし、その上映傾向を調べる。人生であれほど映画を観たのも高校生活の期間でした。新宿で学んだものは、僕を根本的に変えたと思います。60年代は音楽、演劇、映画、文学、学問など、あらゆるものが劇的に変革された時期であり、その中心が新宿だったのです。」
(109CINEMAS PREMIUM 冊子 YOUR STYLE BOOK より、2023年。)

 劇的な変革。これまでの人生で、芸術について深く考えた経験は二度あった。コロナ禍でのロックダウン、世界が分断される奇妙な日常。芸術家達が改めてオンラインという場を切り拓くきっかけとなった。もうひとつは、東日本大地震。被災地である茨城県に居住しており、芸術の在り方について問い続ける日々だった。
 少しずつ日常は戻りつつも、心と身体は疲れ切っている。そんなある時、美術館へ行った。只々、静かな場所を求めた。そっと絵を覗き込むと、時代・時空を超えて向こう側の世界へ、あるいは自分の心の奥底を旅することができる。日々の雑音から逃れて心を癒すため、度々訪れるようになっていた。その後、美術館を巡り一人旅をしているうちに、流れる景色に音を重ねたくなった。イヤホンから体に入った音楽は心の奥まで届き、色鮮やかに映し出された。今は、映画館へと足を運んでいる。

 音楽から美術へ、そして映画へと、全ての芸術は別の場所で生まれて循環している。新宿のような大都会、映画館さえない小さな町、どんな地域においても、先人が築き上げた文化は循環し伝承されていく。それは、受け継がれる情熱、その感動を映し出す私達の心があるからこそだ。世界的パンデミックが収束を迎えようとしている今、地域においての芸術の循環こそが、次の物語を作ってゆくだろう。


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