窓際のちっち

はじめまして

note始めるにあたって
最初になにを書こうかしらんと考えて

なぜ窓際のちっちなの?
てとこから入ればわたしが少し見えるのかな?
と思ったりしたので書いてみることにしました
ちと長いけど

題名からして
お察しの通り

「窓際のトットちゃん」のゴリゴリのファン

トットちゃんこと黒柳徹子さんのマスコットキーホルダーまで買ったのは一昨年のことだ

ゴリゴリのファンといいながら
「窓際のトットちゃん」をはじめて読んだのは28歳の時だった

きっと出会いとしては遅い方なんじゃないかと思う

噂によると小学校の国語の教科書に載っていてそこて読んだ人が多いとか

当日小学生のわたしの教科書にはおらず
「窓際のトットちゃん」という題名は有名のなので知っていたという感じ

わたしの中で
教科書に載っている作品は
“学習的な”物語
という本当に勝手な先入観によって
「とてもいい」という周りからの声は
聞いていないに等しかった

しかも思い込みの激しいわたしにとって

「窓際」=はかなげ
はセットで

漫画ばかり読んでいたわたしにとって
“病気がちのか弱い少女が窓際で外を眺めいてる”が、わたしの中の「窓際」だった

(今思えばまったくやばい)

なのでわたしは勝手に
教訓性の高い、はかない少女が窓際にいる物語を黒柳徹子さんが創作したものだと


28の時まで思い込んでいた

そしてついに28の時
なにかをきっかけに黒柳徹子さんの小学生で「退学」にまでなったエピソードがのった物語と聞き
めっちゃ読みたい!と思ったわたしは本屋にかけこんだ

わたしは面白さと切なさが合わさったあの本を夢中になって読んだ

その日わたしは突拍子もないエピソードに笑いながら
ぽろぽろと泣いたのだった

だって
あまりにも幼い頃のわたしと似ていて

おしゃべりしすぎて廊下に出されたわたし

おしゃべりしすぎて机をクラスの1番後ろにされたわたし

おしゃべりしすぎて先生の横に机を置かれみんなと向き合って授業を受けたわたし

まぁ、ぜんぶしゃべりすぎなわけだが
実は根がまじめなわたしは小中高から大学生に至るまで
「しゃべりすぎ」でしか怒られたことがない
(仏と呼ばれた教員をしゃべりすぎによって怒らせたエピソードはいつか語りたいが)

しゃべりすぎによって退学までなった徹子さん

そしてともえ学園の校長先生
ずーっと何時間も話を聞いてくれた話
「本当はいいこなんだよ」と事あるごとに伝えてくれたこと

胸が暖かくなると同時に
ぽろぽろと涙がこぼれて

あの日出会えなかったわたしが
ずっと欲しかったものたと気づいたのだった

とにかくいいエピソードは多すぎなので
書けば無限なのだけど
(そのあと黒柳徹子さん著の書籍はすべて買ったし)

大人に至るまで
“そのまま”で
“素直”で
“個性的”で
“おしゃべり”で

愛される徹子さん

夢のようで

本当に心からわたしはホッとしたのを覚えている

だってずーーっとそれまで
“普通”になりたくて
馴染むこと
おかしなことを言わないこと
「やべーやつ」をバレないことを
中心していた

いつバレるかとハラハラしていたのだから

あぁ
個性的なことって
めっちゃ愛されることで

(めっちゃ怒られることもあるかもしれないけど)
(めっちゃ嫌う人もいるだろうけど)

普通って
嫌う人も少ないかもしれないけど
愛されることも少ないのかもな?とぼんやり考えた

強烈にインパクトを残して
社会出てもめっちゃ怒られながらも
時にめっちゃ愛されて生きることが出来ることを

保証されたような
前例を見せてもらったような
安心感だった

そんなこんなで
窓際のちっちは

トットちゃんによってとっても勇気づけられて
ゴリゴリのファンになっていったのだった

あれ?
ファンになった話でおわる、、、?

自己紹介はというと

そんなわたしは
窓際のちっちということ

なんかしまらなくなったけど

あの日の
窓際のちっちの思ったことや
窓際のちっちのまま生きてみたら感じたことや
おしゃべりしすぎて「マシンガントーク」という
あだ名がついこととか書いていけたらいいな

おしゃべりしたいだけ好きに書いていいよーー!
なnoteを始めることにしたのでした!

ちひろ

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