突然だけどわたしは家族が好きだ ただし好きということは別にすべて丸々オッケーということでも すべて価値観が合うことでも分かり合えることでもないと思ってる 例えばシンプルに親なんかは価値観が合わないことは多数ある そりゃ仕方ない だって世代も育ってきた時代背景も違う 父親は努力根性がすべてで 仕事が命!THE、昭和世代の気質 そりゃ合わない たまに喧嘩する たぶん生涯価値観は分かってはもらえない 仕方ない でもお父さんのことは好きだ 分かり合えないことは 感情とは別物
わたしの冴えない思い出を語りたい 今日はそんな気分 (日によっては居酒屋のおじさんばりに自分の過去のすごいだろ!な話をしたい日もある) それはわたしは中学生だった頃 思春期の真っ只中で 学校の先生たちが「多感な時期だから」とか言ってくるのを 「そんな多感じゃないし、思春期てなんだよ」 と変な反抗心を持つ程度には多感なお年頃であった そんな多感なお年頃 わたしの中学生時代は 漫画好き=オタク (当時は陰キャラとよばれるもの) とゆうレッテルがある時代で 今でこ
わたしは思春期の間中ずっと自分を優しいと思えたことが1度もなく 「道徳」の授業や国語の授業で習うお話には 深く感動もしなかったし 「総合」の時間に習う、戦争や世界の貧困の話にもピンとこなかった こんな人が世界には 歴史にはいるのです と聞かされても この時代でよかったー! とは思っても全然感情移入が出来ず こけた友達にもウケることはあっても 心配しなかったり なにより幼い弟たちの面倒も 可愛がって見てあげれず 友達と遊ぶときには混ぜあげることもせず 疎ましく思い部
記憶は小学3年生の頃までさかのぼる わたしは可愛い女の子とは言いがたく 見かけ云々というよりも 行動が女の子ではなかったとゆうか 男の子とゆうか 好きな女の子にいけずしてその子に嫌われる そんなことがしたいんじゃないのにー!てタイプの男子 好きな男の子にいけずする女子 悪口を本人にいってしまう なんて不器用なやつ わたしの好きな男の子は 顎がしゅっとした形をしてたので 逆おにぎりのような可愛い顔の形をしていた もちろん好きな相手だからそれさえかっこよく思って
はじめまして note始めるにあたって 最初になにを書こうかしらんと考えて なぜ窓際のちっちなの? てとこから入ればわたしが少し見えるのかな? と思ったりしたので書いてみることにしました ちと長いけど 題名からして お察しの通り 「窓際のトットちゃん」のゴリゴリのファン トットちゃんこと黒柳徹子さんのマスコットキーホルダーまで買ったのは一昨年のことだ ゴリゴリのファンといいながら 「窓際のトットちゃん」をはじめて読んだのは28歳の時だった きっと出会いとしては遅い方