見出し画像

ちょっとニッチな児童文学⑥『アドリブ』

「ちょっとニッチな児童文学」へようこそお越しくださいました。
このシリーズでは、わたくしMaemichiが児童文学を中心に紹介しています。ネタバレと、Maemichiの感想も多分に含まれております。

今回ご紹介させていただくのは、佐藤まどかさんの『アドリブ』です。


さっそくネタバレ続きです……。ご注意を。

10歳の時にオーケストラのフルート演奏を見て、フルートを始めることにした森 祐司(ユージ)。一度もフルートを触ったことがないのに、国立音楽院を受験して合格します。

入学後、有名フルーティスト、サンティーニ先生のもとで基礎からみっちり鍛えられていきます。学年が上がるにつれ、テクニックに重きを置く指導や練習が続き、フルートを楽しめなくなります。
譜面どおりに、正確に吹くこと。課題をこなすことに精一杯。
曲をもっと自由に表現したいと思うユージ。

音楽院の4年生になった夏に、2日間の合宿に行き、オーケストラの演奏を経験してフルートを吹く楽しさを思い出します。

5年生になり今までより本格的にフルートに打ち込むため、フルートの買い替えを迫られますが、金銭的な余裕がないため、フルートを諦めかけます。
後にあることがきっかけで純金製のフルートを手にしました。

ユージは憧れだったイタリアヤングオーケストラのオーディションを受ける機会を得ました。曲を表現するため、曲をどう解釈したら良いのかを悩み、「美」について考えます。結果として、オーディションに合格し、イタリアヤングオーケストラの一員になります。

一つの道を極めていくと

一つの道を極めて行こうとすると、何かを犠牲にしなくてはなりません。それは友達と遊ぶ時間だったり、ゆっくり趣味を楽しむ時間だったりします。そうして一つのことを極める覚悟をして、それでもダメだったら……その時の挫折感から立ち直るには多くの時間がかかるかもしれません。
特にユージが身を置く音楽の世界は、プロになれるのは一握りです。ユージには国立音楽院に通いながらも、その覚悟はありません。

経済的な壁

ユージは母親と二人暮らしで、裕福な暮らしをしているとはいえません。
音楽で一流になるにはそれなりにお金がかかります。ところがユージにはもっと良い演奏をするために、高価なフルートに買い替える余裕はありません。
本書でそういった事情に触れていると、「やっぱり音楽を続けるのはお金がかかるなぁ。」と思わざるを得ません。
音楽に限らず、スポーツも、勉強ももっと上を目指したいと思えばそれなりにお金がかかってしまうのは事実です。
経済的な理由で挑戦することすらできない、最初から努力をしても無駄だとわかっていたら、努力しようという気持ちすらおきない。
自分が持っている力を努力で伸ばす以前の要因がユージを悩ませます。

曲をイメージする力とアドリブ力

本書のタイトルである『アドリブ』。元々はラテン語のアド・リビトゥムの略称系で、「自由に」「思うままに」といった意味があるそうです。
ユージの才能は曲をイメージする力とアドリブ力(表現力)なのではないかと感じます。イメージ力と表現力がユージの強み。その点においてユージは天才だったのではないかなと。
コンクールで演奏する曲をどう解釈し、演奏するのか。ユージは悩み、「美」について考えます。ユージが考える「美」とは、譜面どおりにきっちり演奏することではなく、「アドリブ」つまり「その瞬間の自分なりの答え」でした。美しさが刻一刻と変わっていくこと。1秒たりとも同じ瞬間がないということ。変化することや儚さを自由に受け止めること。そんな感情を表現できるほど、物語終盤のユージはテクニックが向上していました。

加えて、ユージの特長が、本番の舞台に強く、音を楽しむ能力があること。場の雰囲気に飲まれず、プレッシャーを力に変えられることだと思いました。

音楽を題材にした小説やマンガ 〜まとめに変えて〜

『アドリブ』は音楽を題材にした児童文学です。ユージのフルートに対する向き合い方が複雑になり、悩みも絶えません。最初は単純にやってみたい、楽しいと思って始めたことでも、極めていくと苦しくなります。
それでも続けた先に苦しみ以上の楽しさが待っているのかもしれません。
本書は25の小タイトルで構成されています。始まりのタイトルは「覚悟はできているか?」です。最後のタイトルは「覚悟はできている」です。この目次のタイトルを見ただけでも終盤ではユージの決意や覚悟が固まったことがうかがえます。一人の少年の成長を感じる、とても読みごたえのある児童文学です。

他にも音楽を題材にした小説や漫画はあります。
有名どころでは恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』や宮下奈都さんの『羊と鋼の森』でしょうか。『響け!ユーフォニアム』もありますね。
マンガだと『この音とまれ!』『青のオーケストラ』あたりでしょうか?
このノートを読んでいる読者の方で、他にも音楽を題材にした小説や漫画をご存じでしたら、コメントで教えていただけると幸いです。

なかなかに長い文章でしたが……。ここまでお読みいただきありがとうございました。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?