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第95話「新しい師匠」

前回、第94話「反乱の鎮圧」

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 リンは魔導競技用に借りた演習場で、緊張しながらこれから訪れる人物を待っていた。

 もうすぐ新しい師匠が来る手筈になっていた。

 新しい師匠を雇おうというのはテオからの提案だった。



「新しい師匠?」

 リンは今し方テオの言ったことをそのまま聞き返した。

「ああ。もういい加減俺らも自分で師匠を雇おうぜ。今の師匠とかクソの役にも立たねーしよ 」

 テオは忌々しげに言った。

 彼の師匠はユインと違って未だにテオを放置していた。

「ましてや魔導競技用の魔法を身につけるなら余計に今の師匠よりも戦闘に詳しい専門的な奴が必要だと思うんだ」

「なるほど」

「俺達は有り余る時間を持ってる貴族の連中とは違う。だから選択と集中を厳密にして限りある時間を有効に使わないと」

「でもいいのかな。今の師匠もいるのに勝手に新しい師匠なんて雇っちゃって」

「あんな奴ら師匠じゃないだろ。ただの人身売買してるおっさんどもだよ。それに別に二重に師匠を取ることは禁じられてないみたいだぜ。貴族には複数の師匠から手ほどきを受けてる奴もいるし」

「そうなのか」

 リンは今更ながら自分の考え方を不思議に思った。

 なるほどそういえば師匠を二人以上持つという発想はなかったな。なんで師匠を二人持ってはいけないと思っていたのだろうか。

「俺達の給料で雇えて、魔導競技や魔導師同士の戦闘に造詣が深い。そしてできればスピルナの魔導師と交戦経験があって、なおかつ正攻法で戦っても敵わない俺達のその辺の事情も察してくれる。そんな奴を雇うんだ」

 二人は協会を通して師匠を探した。

 魔導競技が近いこともあり、もう有力な魔導師はみんな予約ずみで、師匠探しは難航した。

 しかしかろうじて200階層所属のエミルという魔導師を雇うことができた。

 そして今リンは新しい師匠が来るのを待っている。

 すでにテオは会って手ほどきを受けていた。

 やがて時間になり、エミルがやって来る。

 エミルは長い黒髪を後ろで縛ってまとめた凛々しい女性だった。

 紫のローブを着ており、手にはグローブをつけて指輪は嵌めていない。

 目つきが鋭くて動きが早い。

 彼女はカツカツと靴音を鳴らして足早に部屋へと入ってきた。

「初めまして。魔導師エミルです。200階層で傭兵をやっています」

(傭兵……)

 リンは彼女をまじまじと見た。

 確かに彼女の無駄のない所作からは戦場に慣れ親しんでいる者のそれを思わせた。

 まるで戦争が生活の一部になっているかのような。

「どうも」

「あなたがリン君ね。テオからある程度事情は聞いているわ。じゃあ、早速面談を始めましょうか。妖精よ。リンの書類を」

 エミルが呪文を唱えると、彼女の手元に一瞬青い炎が瞬き紙がおさまる。

「あんたたちの成績表は見せてもらったわ。物質生成魔法は受講してるわね。他に軍事系の授業はなし。基礎魔法で得に成績がいいのは、テオが冶金魔法、リンは光魔法ね」

「やっぱり魔導競技は難しいですか? 光魔法では対魔導師には使えませんし」

「そんなことないわ。使い方次第よ。最低でも物質生成魔法と加速魔法が使えればどうにかメインの競技『杖落とし』では戦えるし、光魔法も運用次第で武器になる。もちろん実戦で使えるレベルにする必要はあるけれど」

「はあ」

「何はともあれ、まずはあなたの力を見る必要があるわね。早速始めましょう。とりあえず物質生成魔法と加速魔法、発動してみて」

 リンは言われた通り魔法を発動してみる。

 鉄球を生成し、打ち出して的に当てる。

「続けて」

 エミルが言った。

 リンは言われた通り同じことを繰り返す。

 初めは無表情で見ていたエミルだったが、段々渋い顔になっていく。

 リンもエミルの顔が険しくなっていくのに気づいた。

「あの、どうでしょうか」

「……遅い」

「え?」

「とにかく遅い。まず歩くのが遅い。手を動かすのも遅いし、呪文を唱えるのも遅い」

「はあ……」

「テオって子はテキパキしていたし、なかなか勘も良かったけれどあなたは少し苦労しそうね」

 リンは床に正座してエミルの講釈を聞かされる。

「いい? 魔導師の戦闘は初動が全てと言っても過言じゃないわ。一瞬で相手の装備や特性、力量、弱点を見極めてどれだけ早く魔法を繰り出せるかが勝負の分かれ目になるの。そのためには頭で考えてから術式を発動するようじゃダメ。頭で考える前に手や足、口が動くようでないととてもじゃないけれど勝てやしないわ」

「はい」

 リンは弟子らしく神妙な顔つきで師匠の話に対して素直に耳を傾ける。

「魔導師だけじゃないわ。手や足を動かすのが遅い奴はね、結局何をやってもダメ。人よりも行動する回数が自然と減ってしまうし、体の動きが鈍いと血の巡りも悪くなるから頭の回転も遅くなる。どれだけ頭が良かったり才能があったりしてもね。無駄よ無駄。私の前の彼氏もそうだったわ。頭はいいのに何をやるにもチンタラしてて……。ああ思い出したらイライラしてきた」

「前の彼氏? ってことは師匠今は彼氏いないんですか?」

 リンが急に顔つきをキリッとして尋ねる。

「そこはどうでもいいでしょーが! なんでそういうところだけやたらチェック早いのよ」

 エミルはひとしきり説教した後、リンに魔法を速く発動するコツをいくつか指導した。

 呪文を速く唱えるコツ、より速く発動するための杖の振り方と構え方、魔力を練り込む方法、指輪に光を溜める方法、喚起する方法。

 そしてそれらを向上させる訓練方法。

 一通り教え終わった後には今日の面会時間は終わっていた。

 エミルは訓練の内容をこなすようリンに課題を出す。

「とにかく今のあんたを教える気にはなれないわ。次、来るのは一週間後だけれどそれまでにちゃんと今私が言った練習をやっておいて素早く行動出来るように。次来た時にも進歩がないようなら悪いけどこの仕事断らせてもらうから。いくら給料が良くても見込みのない生徒を教える気はないの。それじゃ」

 そう言い残すと師匠は来た時同様足早に立ち去っていく。



「テオ。エミルさんのことどう思う?」

「どうって?」

 リンとテオは演習場に残ってそれぞれ師匠から出された課題に取り組んでいた。

 リンは光魔法、物質生成魔法、加速魔法を素早く発動できるように。

 テオは生成した鉄球を冶金魔法でより硬くしたり柔らかくしたりできるように。

「いい師匠かな?」

「悪くないと思うよ。偉そうだけど、指摘はもっともだし」

「そうだよね。魔法の発動速度なんて言われるまで気にもしなかったよ」

「まあこれまであんまり戦闘のことを考えて魔法を習得してこなかったからな。授業の単位とることばっかり考えてたし。やっぱ授業だけじゃダメだな。今後も局面に合わせて必要な師匠を雇う必要がある」

「うん」

 リンは光の剣を的に向かって放つ。

『ライジスの剣』が的に刺さる。

 リンは『ライジスの剣』くらいなら瞬時に発動できるようになっていた。

「とりあえずは続けてみようぜ。そのためにも課題をきっちりこなさなきゃな」



 次の週、リンはエミルの前で訓練の成果を見せる。

「じゃあ私が手を叩いたら魔法を発動してみせて。はい」

 エミルが手を叩く。

 同時にリンは魔法を発動させる。

 光魔法、物質生成魔法、加速魔法の順に見せていく。

 その威力や精度はともかくとして発動までのタイムラグは随分少なくなった。

 リンは全て発動した後で、エミルの方を伺うようにちらりと見る。

 エミルは腕を組みながらリンの方を見ていた。

 その表情は無表情ながらも前回のように険しくはなかった。

「大分良くなったわね。ま、いいでしょう。合格よ」

 リンはそれを聞いてホッと胸をなでおろす。

「あとは精度と威力の向上。そして戦い方を体に叩き込む必要があるわ。大会まで時間がない。突貫作業でいくわよ」

(とはいえ。貴族相手にこれでは手札があまりにも少ない。新しい魔法を覚える必要があるわね)



 その日からリンとテオの厳しい修行が始まった。

 力の底上げ、加速しながら戦う方法、近接時の対処方法、戦術とスタイルの構築。

 これらを頭に叩き込んで反復練習で体に叩き込む。

 エミルはリンとテオを厳しくかつ丁寧に指導した。

 必要とあればどんな細かいことでも指摘したし、少しでも緩みが見られれば時には怒鳴り声を上げて気を引き締めさせる。

(やっぱり学院の授業とは全然違う。学院だと一人の生徒にこんなに細かく指導できないもんね)

 リンとテオは授業も休みがちになって競技の練習に没頭した。

 二人があまり学院に顔を出さなくなったため、一部では卒業を諦めて故郷に帰ったんじゃないかという噂まで流れたほどだった。

 不審に思ったユヴェンはアルマを捕まえて聞き出した。

「ねえ、ちょっと」

「ん? ユヴェンじゃん。なんだよ」

「あんたは確か、えーっと……」

「アルマだよ。お前いい加減俺の名前覚えろよ」

「そうそう。確かそんな名前だったわね。それはそうと、リンとテオの二人、最近見ないけれどどうしたの? あんた確かあの二人の会社で働いてたわよね。何か知ってる?」

「ああ、あいつら魔導競技のために特訓してるんだよ」

「魔導競技?」

「そう。なんか急に本格的にやりだしてさ。魔導競技に出場するのなんて軍事系の授業受講してる貴族ばっかりだっていうのになんでまた」

 アルマは釈然としないように言った。

「会社にもあんまり顔出さなくなったしよ。ザイーニがいなくなってただでさえ忙しいってのに……ってユヴェン?」

 アルマは、ユヴェンが途中から自分の話を聞いておらずうつむいて考え込んでいるのに気づいた。

「……あのバカ」

 ユヴェンはそれだけ呟くと行ってしまう。

「なんだありゃ」

 アルマはただただ事態が飲み込めずポカンとした顔でユヴェンが立ち去って行くのを見送った。



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次回、第96話「勝者の精神」

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