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私の人生観を根底から変えた一大事件④

警察官に私が経緯を聞かれている間、違う警察官が従業員にも話を聞いている。

例の女性は、その時も変わらずカウンター席に座っている。いや、多分身動きが取れなかったのだろう。

警察官に経緯を話しながらも、やはり女性の心理を頭の片隅で考えていた。

女性が座っていたカウンター席は店の入口に一番近い席だった。そして、その後ろに、私が赤ちゃんを抱っこして常連の女の子と共に座っているソファ席。

常連の女の子は私の横にずっといてくれて、口数は多くないが、私の話に補足を入れてくれていた。

視界の中に、例の女性とその横に警察官、その前のカウンター越しに従業員。

女性が一番店の入口に近い場所に座っていたため、「たまたま」その女性を挟み警察官と従業員が話す構図になっていた。

警察官は私に「じゃあ、誰がお母さんなの??」と聞いてくる。

私は赤ちゃんを救出した直後に、店内のみんなに「誰が母親なのか」確認している。誰もが「違う」と言った。でも、同じく誰もがその答えは知っていた。

「うーん・・・」

私がその予測を言うのは簡単だった。でも、「自分できちんと話してほしい」という漠然とした望みが有り、言葉に詰まった。

それと同時にふと、あることが気になり、例の彼女の足元に目をやった。足元にはさほど多くはなかった記憶だが、小さな水溜りのようなものができていた。

血液だ。

バーという環境で、照明が暗かったのもあるが、そこに気づく余裕は正直それまでにはなかった。

赤ちゃんの生命を守るのに必死だったが、ふと、「このお母さんは一人で産んで、赤ちゃん同様処置をされていない」ということを思い出した。いや、思い出したというより、そこで初めて頭が追いついたという表現のほうが正しいだろう。

赤ちゃんが見つかる前に、警察が来る前に、その場から去りたかったけど貧血状態で身体が動かなかったのか、それとも力を振り絞れば動けたがそこに留まることを決めたのか、留まる事を決めたとしても、仕方なくその状況に追い詰められたものの赤ちゃんが気になって見届けるためにそこに留まったのか、自分もどこにも行くところがなくそこに留まったのか・・・

一瞬で色んな事を考えたが、その答えは未だに知る由もない。



そんな事を考えていると、警察官が従業員に「じゃあ、誰がお母さんやと思う?」と聞いた。

従業員は言いにくそうに、ただ、はっきりと目の前の女性を指差し「この人だと思います。」と言った。しばらくは戸惑っていたが、女性が何も言わないことに痺れを切らしたようにも見えた。正直ほっとした。もうこの時の感情は、自分でもよくわからない。

女性は微動だにしないが、しっかりと前方を見ていた。

警察官はさらに「どうしてそう思うの?」と続けた。

赤ちゃんを私が見つける前に、常連客2人がトイレに入り「声」を聞いていたこと。その前にその女性が小一時間トイレに篭っていたこと。その女性は自分たちも初めて会う人であること。従業員が戸惑いながらも、でも、力強く話した。20代の男性なりに色々思うことがあっただろう。

警察官が女性に確認した。

「違います。」

女性ははっきりと言った。

私は、それを聞き、また涙が出てきた。

そうこうしていると、救急隊員が2、3人店内に入ってきた。

すぐに立ち上がり「この子です。へその緒と胎盤がまだ繋がってるんです。」と言った。

テーブルの上に赤ちゃんを起き、後は救急隊員の邪魔にならないように後ろに下がった。

全身状態の観察が行われ、それと並行してへその緒の処置が施された。

開放感なのかなんなのか分からない感覚で、全身の力が抜けて足元から崩れ落ちそうだったが、必死に耐えた。

そんな中、警察官と女性が押し問答している。

警察官の母親であることの確認に対して、
「違います。」
「知りません。」
女性はその一点張りだった。


私は、彼女に近づき、「違うと言うならそれでいいです。でも、あなたもそんなに出血していて、危ないですよ。赤ちゃんも早く病院に行かせてあげてください。絶対に一緒に行ったほうがいいです。」こんな事を言っていたと思う。

もう、この人のこれまでの経緯(いきさつ)、これからの事、やったことの重大さ、それらは私が関与出来ることではないし、とやかく言うつもりもない。

でも、とにかく、赤ちゃんの命も自分の命も守ってほしかった。

その後も、お母さんであろうその女性が断固として動かなかったので、警察官に説得をされていた。

救急隊員もしばらく見守っていたが、女性が動かないので、先に赤ちゃんだけ担架に乗せられ、通りに停車してある救急車に運ばれていった。

女性はそのうち「違う」「行かない」と声を荒げ始め、断固として動かない様子だった。

もう私は医療者としてその場に居合わせた人間として放っておけなかった。

「このまま止血しないと死んじゃう。もう認めなくてもいいから、とりあえず病院に行ってください!」
こんな事を言った気がする。

本当に私には計り知れない何かがあるのだろう。でも、一人ではどうにもできないから、どこかで赤ちゃんを守りたいという思いがあったから、仕方なくであろうと何だろうと生きていく事を選んだから、ここに導かれて、ここで産んだのではないか。そして、私も導かれてここに来て力を貸した。

そんなこと、「偶然」と言われてしまえばそこまでなのだろうが、「偶然」じゃない何かの力が働いているとしか私には思えなかった。

だからこそ、きちんと赤ちゃんにもお母さんにも「生きて」欲しかった。

その女性が否認していたので、しばらくは警察官も動けなかったのだろうが、押し問答の末、とりあえず女性は警察官に連れられ店外に出た。だが、今度は、女性が、店のビルの階段で「行かない」と座り込みだした。

救急隊員も戻ってきて、警察官と一緒に説得を始める。

もう、私は「任せるしかない」と思い店内にいたが、ひっきりなしに現場に増えていく警察官に話を聞かれていた。

しばらくして、彼女は救急車で、赤ちゃんと共に運ばれていったようだ。


次回に続きます。


Anna  Rose




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