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私の人生観を根底から変えた一大事件②


※センシティブな内容です。


ぐるっとトイレを見渡し、確かに声が聞こえる。

いやなんかトイレに入った瞬間のなんとも言えない緊張感で、声が先に耳に入ってきたのか、そこにある何かを私の目が捉えたのが先だったのかは覚えていない。

そこのトイレはとにかく狭かった。

まあ、でも、トイレってあんなものなのかも知れない。

私は比較的瞬時にと言っていいくらい、あるものを目の中に捉えた。


トイレのタンクの下の空間の床の上に、茶色い生物がいるのをみつけた。

茶色く見える丸まった生物。

私がいくら感性豊かと言えども、人って頭の中で考えられる範囲で、情報を引っ張ってくるのだと思う。


「何か生物がバーのトイレに紛れ込んでいる。」


馬鹿なの、阿呆なのと言われるかもしれないが、その状況で私が考えたこと。

「野良猫か未確認生物か」

いや、でも、多分、正解は認識したくなかったから、そう思いたかったのかも知れない。


「おばけじゃなくてほんまに何かおるよ。」

とみんなに言ったと思う。



そして、そう言いながら、丸まった生物のお尻であろうところに「尻尾」を見つけようとした。

いや、見つけようとしたが、見つからなかった。

みんなの視線が一点集中して向けられているのは認識した。

だが、頭がフル回転しているものの、時が止まったような感覚だった。



「尻尾ないねんけど!人間の赤ちゃんや!」と叫ぶとともに、色んなことが頭を駆け巡った。


一瞬で、一見さんがトイレに篭っていたこと、お酒を飲んでいなかったこと、一連の流れがつながったが、そんな事は今はどうでもいい。

でも、視界の中に、みんなが立ち上がり覗き込む中で、一人だけカウンターの椅子に座ったままこちらをじーっと見ている「一見の女性客」は入ってきた。

なんか、日頃の思考癖で、「どういう心理状態なのだろう。」とは思っていたと思う。

それと同時に私の意識は目の前の「赤ちゃん」に集中した。


『この命を助けなきゃ。』


私は看護師をしていたが、偶然なのかこの日のためだったのか、成人看護もしていたが、NICU(新生児集中治療室)での看護師経験があった。

助産師ではないので、分娩の介助はしていなかったものの、取り上げられた赤ちゃんに命の危険がある場合は、すぐに引き継ぎを受け、未熟児から正期産児まで、色んな状態の赤ちゃんの処置をおこなっていた。

NICUにいたのは10年以上前のことだったが、5年ほどの経験があった。

その当時の知識、経験は、染み付いていたようで、頭も身体も感覚を覚えていた。

そして、色んな経験をしてきたこともあり、如何せん、肝が座っていた。


一瞬でその赤ちゃんが、正期産児(妊娠37週0日以降から妊娠41週6日までの赤ちゃん)だとわかった。

うつ伏せで泣いている。

「この子は週数もしっかりいっていて泣いているから助けられる。でも、このままだと低体温で死んじゃう。」と思った。

そのバーの床は、木ではなく鉄板だった。

冷たい床で寒いのだろう、硬い床で痛いのだろう。

赤ちゃんも一生懸命もがいている。

皮膚が損傷されていないか心配だった。

体温が奪われるには「最高」の条件であり、生命維持には「最低最悪」の条件だった。

もうその間どれくらいの時間が経っているかは全く認識できていない。

「お母さん」であろうその女性は、座ったまま身体はやや乗り出しこちらを見ており、「え、何々?」と他人事を装おっているように見えた。

正直、色んな事情があるのだろう事は理解できたが、ここで起きていることは「遺棄」だ。

どちらにせよ、ここだけで解決することではないと判断した。

「とにかく警察呼んで赤ちゃんのこと言って(状況説明したら一緒に救急車来るから)。ただ、赤ちゃんは助けなあかんから、来るまで待たれへんから動かすから!」と叫んだ。


問題はそこからだ。

よく見ると、タンクの下の赤ちゃんからは、へその緒が伸びており、その先には胎盤丸ごと床に置かれていた。

「あの40分の間に、ここで出産し、胎盤まで自力で出し切ったんだ。」

なんだか、事情はあれどやっていることに怒りは覚えたが、それを一人でやりきった女性に複雑な感情を持った。

そんな事をとっさに考えながらも、身体は動く。

「ビニール袋とタオル頂戴!!赤ちゃん包みたいから、私の預けてるニットカーディガンも持ってきて!」

必死で叫んでいた。

もうみんなはパニックだった。

もちろん、私もパニック状態ではあったが、怖くても「目の前の命を助けないといけない」状態は、幾度と乗り越えてきた。

ただ、状況が悪すぎる。

医療機器もなければ、医師もいない、状況を乗り切るために協力し合える看護師もいない。

で、何より、一番最悪なのは、赤ちゃんに手が届かないという状況だ。

コンパクトなトイレは、便器と囲む壁の間のスペースがほとんどなかった。

赤ちゃんはお母さんのお腹から出てきた後、胎盤と一緒に便器の奥のタンク下スペースに押し込まれたのだろう。

なんせ、暗い照明とはいえ、2人がトイレに入って、耳からの認識はしたものの、目で認識できなかったのだから。

意識して見ないと分からないように、奥に押し込まれていた。

まあ、これが正しい表現なのかは分からない。

しばらく遺棄した後、分からないようにして自分は逃げたいという心理だけだとしたら、そのお母さんはその場所から逃げる時間は十二分にあった。

常連の2人がトイレに行く前に、チェックをして店を出る事はできたはずだ。

遺棄しているという感覚はないのかもしれない。

でも、「私です。」とは言わなかった。

産んでいたであろう時も、産んだ後であろう時も、助けは求めてこなかった。

必死で助けようとしている私をじっと見つめているだけだった。


でも、もうそこは「彼女」にしか分からない。

いや、彼女も正気の沙汰ではなかったのだろう。

それと、後で知った年齢より遥かに若く幼く見える佇まいと受け答えの女性であった。

もうそこも、私は後々も追求していない。


話は戻り、私はビニール袋とタオルを手にし、赤ちゃんの救出にかかる。

ただ、便器の横に身体を入れるスペースはない。

後になると、自分の発言に笑えるのだが「この便器どけられへんの??」と叫んでいた。

「無理です(泣)」と従業員。

そりゃそうやわなと思いつつ、焦りで声も身体も震える。

必死で心折れそうな自分を奮い立たせた。

救いだったのは、常連客の一人の女の子が「何か手伝えますか?」と声をかけてくれたこと。

身体が入らないのなら、身を乗り出して、腕だけで赤ちゃんを救出するしかない。

私は身長167センチで、その分手足も長いだろう。

それでも指先しか赤ちゃんに触れられない。

胎盤は一番手前にあったので、便器の下の方から腕を伸ばし、ビニール袋で掴み、そのまま裏返してビニール袋の中に収めた。

赤ちゃんは、手前にお尻、奥に頭の向きで、うつ伏せに置かれていた。

お尻や背中の下部には手が届くが、引っ張り出すわけにはいかない。

そんな事したら、皮膚損傷どころか、骨折してしまうだろう。

どうしてでも、赤ちゃんの脇に手を入れたかった。

でも、届かない。

常連客の女の子も「やってみましょうか?」と言ってくれるも、やはり届かなかった。

出産経験のない女性は、生後数日の赤ちゃんは見たことはあっても、生まれたての胎盤に繋がれた血液と羊水にまみれた赤ちゃんなど見たことはないだろう。

その勇気に感謝した。

ちなみに、私も出産経験はない。

ただ、看護師でも、NICUや産科での所属経験がない限り、胎盤につながった赤ちゃんを触る経験はないだろうし、看護師の割合的にはとても少ないだろう。

そして、あったとしても、その状態は「カオス」である。

その後・・・

次回に続きます。



Anna  Rose


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