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最後は食堂で【短編小説】

突然、会社のお昼休みの食堂の入口に、あなたの姿が見えた。
またここで会えるなんて。
私の心は弾んでしまった。

私はある夏、2ヶ月契約のアルバイトで地方のテレビ局で働いている。
一番暑い時期だ。

私は社会人になって間もないけれど、配属された放送部のアルバイトの人達は、大学生達がほとんどだった。
コマーシャルの画面上のチェックや、流すビデオテープの片付けなどが主な仕事の内容だった。

あなたはトレイにランチを乗せて、こちらへやって来た。
私が座る長いソファーの隣にストンと座った。

「えーっ、ご飯食べるの?」

私は嬉しいくせに、そう叫んだ。

「初対面ですね、山本です。」

「岡田です。」

男子二人は挨拶をした。

「二人とも同じ歳の三年生だよね。」

三人で同じ職場の人達の話などをした。


しばらく経って、岡田さんは席を立った。
私と、あなただけになった。

契約の2ヶ月は終わりに近づいていた。
もう同じシフトの日はなかったので、もしかして会えないのかと思っていた。
二人で時間を過ごせるなんて。
また掴みどころのない表情のあなたの顔を見つめることができた。

「実は、一ヶ月だけ遊園地でバイトすることになってるんですよ。」

「へぇー。」

「今日は会社のイベントで、大海公園にこれから行かないといけないんですよ。」

「そうなんだ、ちょっと遠いね。」

このテレビ局は、市街地から少し離れた小高い山の頂上にある。
ベランダからは街の景色が一望でき、なかなかの絶景だ。

ただ、タクシーにでも乗らないと、この季節もあり、出勤時はかなり汗びっしょりになる。
私と同契約の友人となるべく相乗りするように努めたが、徒歩の時はかなり悲惨だ。
それに比べて帰り道は下り坂なので、最寄りの駅まで快適に歩ける。

ある日、別の方角の道から帰ったこともあった。草が生い茂り、草スキーでもできるような斜面が続き、道に迷いそうになって焦ったけれど、どうにか駅に辿り着けた。

時間が当たり前のように流れる。
もう職場に戻らないといけない。
お昼休みの休憩時間はとっくに過ぎている。

「じゃあね。」

私は席を立った。

「後でちょっと寄って行きますよ。」

そう言ったけれど、会えなかったね。
どうしてだろう。
年下なのに。
こんなに面食いの私なのに、けっこう惹かれてしまったようだ。
そういえば、前にこんな話もしたことがあった。 

「佐藤さん、どう思った?」

あなたは、おもむろに聞いてきた。
残念ながら、全然タイプじゃなかった。
せっかく会わせてくれたのにね。

「カッコよかったでしょ。」

「………。人によれば、そう思うかもしれないけど、私はちょっとタイプじゃなかった。
そりゃ、あなたよりずっとましよ(笑)。」

「そうだったんだ。」

「そうね、ここのバイトの中でいえば、岡田さんがわりとカッコいいと思うけど。」

「岡田さん?まだ会ったことない。」

「じゃあ今度会った時、見てみれば。」

私はあっけらかんとした口調で言った。
ようやく二人は、今日会うことができたわけだ。


出会っても、しばらくは何も感じなかった。
ただ言いたい事は言えた。
他の人もいるのに、彼にシフトを代わってほしいと頼んだのも、きっと話しやすかったせいだろう。

あの時は、出ない電話をしつこく四度もかけていた。封印していた積極性が久しぶりに顔を出した。

私は例を出すと、小学校低学年の頃に転入して来た男子に一目惚れをして早速家を知りたくて、帰りに後をつけた。
間もなく気付かれてしまい、

「おまえ、こっちじゃないだろう。」

と詰問され、たじろいた私は

「お婆ちゃんの家がこっちの方向なのよ。」

と嘘を言った。
そう答えた直後、間髪を入れずに蹴られてしまった。
パンダのように、可愛い子だったのに。
予想外のリアクションに傷ついた淡い恋だったけれど、卒業するまで思い続けた。


突然受話器を取ったあなたの声は、笑っているように聞こえた。

「今から実家に帰るんですよ。」

「はぁ。」

「じゃあ、明日電話します。
電話番号教えて下さい」

「ええ。×××ー×××ー××××です。」

「何時ぐらいにいいですか?」

「じゃあ、10時半。」

「わかりました、じゃあ。」

翌日電話があって、OKしてくれた。
あなたから電話があったのは、これ一度きりです。
私はアルバイトの期間中、用事でけっこう電話をした。
居なくても、留守番電話の声が聞けて嬉しかった。

またいたずらっぽい目で、無表情なあなたの顔が見たい。
また悪口言い合いましょうよ。
あなたをいじめる時が、最高に楽しかった。

「ここのバイト、終わったらどうするの?」

これで三回目。
あなたは聞く。

「そうね…。なんかまた探す。」

「うーん、家でボケッとするかも。」

「わかんない。」

それぞれ、こういうふうに答えたけれど、この質問は、何より嬉しかった。

「だれか、この人に何かいいバイト紹介してあげて下さいよ。」

そんな事、言ってくれるとは思わなかった。
挙げ句の果てに

「いい男騙して、早く結婚したほうがいいんじゃないの」

とまで言った。

ひどいこと、言ってくれるじゃない。
誰でもいい訳じゃないし、まだそんなに結婚願望は持ってない。
でも、少しは私のこと案じてくれていたのね。
そんな優しいところ、感じ取っていた。

いつか私が無断欠勤の事を攻めた時、一言も言い返さず、本当にすまなそうだった。
半分冗談で言ったのに。
かえって私がびっくりした。

ヘンな人ね。
平気ですごいこと言ってのけるのに、どうしてそんなに可愛いのかしら?

「ふつう、"魚座"って可愛いけどねー。」

「可愛いでしょ。」

そう笑いとばしたこともあった。


アルバイトの最終日の帰りに、送別会ということで、夏にありがちな心霊スポットへ、ドライブの計画をアルバイトのメンバーがしてくれた。

あなたは、その日忙しかったのかわからなかったけれど、来ることができなかった。

この昔から知られている場所は、幼少から何度か訪れていた。
到着すると、金曜日の夜だったせいもあるけれど、たくさんの人がいて車のライトが眩しいぐらいだった。
猫峠というのが近くにあるみたいだから、行ってみようかということになった。

その奥深い山の心霊スポットを通過した後、霊感が全くない体質だったのに、たよりない細い脇道を走っていた途中から、車の後部座席に座る私の窓側の左肩が妙に重苦しい違和感を感じ始めた。

そういえば、この心霊スポットは、学生時代のバイク青年が帰りに事故った友人がいるから、興味本意で行かないほうがいいよ、と言ってたっけ………。
ふと思い出した。

ゆっくりスピードを落として進んでいると、
『ここから先は進めません』
という看板が立っていて、行き止まりに行き着いた。
一本道なので引き返すのが大変だった。

その時は、肩の異変に動揺するばかりで余裕がなかったけれど、いつしかだるさもなくなり冷静になっていった。

あなたがいたら、こんな体験を一緒に話せたのにと残念に思った。
またふざけて、いろいろ言われたかな。


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