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はっきりと見える

 柴田美優は、少し疲れていた。

 今は夏休み。中学三年、受験生である美優にとって、さほど楽しくない勉強の夏。周りもみんな、なんとなく緊張したような、憂鬱な空気を溜め込んでいるように見えた。

 「受験勉強は楽しくないけど、塾は嫌いじゃない」

 エアコンの効いた教室で、問題を解きながら美優は思う。他校の生徒も集まる駅前のこの塾は、志望校と成績別にクラスが分かれている。それは少し嫌だけど、同じクラスに知り合いは一人もいない。知らない人たちに囲まれて、なんでもない自分が居るここは、心地がよくて気に入っている。つまらないけれど。

 学校での美優は、元・剣道部の副部長で、成績はそこそこ、先生からの評価もまあまあ。友達も普通にいて、家庭環境もごく普通。どこからどう見ても、一般的な普通の15才だ。

 受験も、多分このままやっていれば普通に受かる。すごく上を目指しているわけでもない、すでに合格圏内の学校だ。大したトラブルもなく、中学生活も終えるのだろう。塾は、念のための保険-そんなわけで、柴田美優は、つまらない毎日に少し疲れていた。

 「わたし、このまま大人になるのかな……」

 これこそ思春期と呼ばれるもの。美優自身わかっていても、なんとも言葉では言いあらわせないモヤモヤや焦りを、どうしようもなく感じることがある。現状に不満はないけれど、満足もない毎日。

 そんなある日、ちょっとした事件が起きた。塾で、美優のメガネが割れたのだ。机に置いていたメガネが落ちて、通りがかった子が気づかずに踏むという、なんともよくありがちな事故。安物だし、なくても困らないからと美優は伝えたが、相手の子は謝り通しで弁償させてくれという。何度も断ったが、押し切られた。

 「明日、塾の前にZoffに行こう!」

 駅前、塾とは反対側の改札口で待ち合わせて、お昼ごはんにとマックへ行く。お互い、名前くらいは知っていたけれど、ちゃんと話すのはこれが初めてだった。

 彼女、松田ナオは、塾へは同じ学校の友達三人と来ているのだという。塾にも友達が多い様子で、初対面に近い美優とも話がとぎれない。明るく人懐っこいナオの話はどれも新鮮でおもしろく、美優も久しぶりに心から笑った気がした。

 ランチセットじゃ物足りず、二人で期間限定のシェイクを買いに行く。混雑したレジに並びながら、ナオがぽつりと言った。

 「わたし、美優ちゃんのメガネ踏んでラッキーだったかもな」

隣のナオは、ニッといたずらっぽく笑って美優を見る。

 「こんな時期に新しい友達できちゃったし。もうすぐ受験でさ、なんか、勉強以外なんもないなって思ったりしてたけど。なんかあったりするね」

 そんなナオの言葉に、美優は少し驚いた。なんだ、みんな、そうなのか。”なんにもない”ことに焦ったり、”なんだか分からない”ことにイライラしたり。一人でいたかったり、寂しかったり。他の人には見えないだけで、みんな、そんなもんなのかな。

 「……ねえ、メガネはいいから、シェイク、おごって」

 レジで注文するナオの横から「同じものを2つください」と店員さんに伝えて、席に戻る。

 「あのね、メガネ、ダテなんだ。あの時も言ったけど、だから必要ないの。あんまり気にするから適当なの買ってもらおうかと思ったけど……もういらないからさ」美優は、シェイクを混ぜながら言った。

 「でも、メガネとシェイクの差額すんごいよ?」ダテメガネの理由は聞かず、真面目な顔つきで答えるナオに笑ってしまう。

 「じゃあ、受験までにあと2回、マックおごって」そんなことを話しながら、二人は半分に減ったシェイクを持って店を出る。

 中3になってから、なんとなく掛けはじめたダテメガネ。掛けると、外と自分を隔ててくれるみたいで落ち着いた。でも、もういらない。まわりもちょっと、はっきり見えるようになったし。そんなことを考えながら、Zoffはやめて、少し早めの塾へ。

 割れたメガネは、カバンの隅っこにあるケースの中で静かにしている。


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