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【エッセイ】趣味という名のサブプロット

脚本にはサブプロットと呼ばれるものがあります。
メインのストーリーとは別のところで展開される、ちょっとしたストーリーのこと。
『007』シリーズでいえば、主人公ジェームズ・ボンドとボンドガールの色恋描写がそれにあたります。
サブプロットの役割は、物語に奥行きを与えるのはもちろん、メインプロットを加速させるためのブースターでもあります。
最終的にはメインプロットに合流し、メインより少し早いかほぼ同時に着地を向かえます。

話は変わりまして。
僕は生まれてこのかた、趣味というものを知りませんでした。
両親が趣味に興じている様を見たことがなかったし、友達がハマっているテレビゲームもそこまで没頭できたことがありませんでした。
そして何より最大の原因は、「ハマったものに命をガン振りしてしまう」という僕の特異体質にあります。

18歳の時、ラジオにハガキを投稿し始めました。
最初は20通ほど送ったら運よく1通読まれて、それからしばらくは無理のない程度に送ってそこそこ読まれていました。
しかし欲をかいた僕は、週に100通送るというノルマを自分に課し、朝から晩までネタハガキのことだけを考える日々に突入したのです。
当時は浪人生だったので、予備校に行き、自習室に籠り、机の上にルーズリーフを広げて、朝から晩までネタを書いていました。
「ネタのヒントが詰まっていそう」という理由で日本史の資料集を買いました。
もう、好きなだけ殴ってください。

そのうち、どうやらネタハガキを送り続けると構成作家になれるらしい、という渡りに船な情報が僕にもたらされました。
ハガキに「作家志望」と書き始めたのはその頃です。
しかし、そんな日々も長くは続かず。
下ネタを考えすぎて道の電柱が全てチンチンにしか見えなくなるという幻覚症状に陥り、僕はあえなく構成作家の道を断念しました。

大学時代にも、落研に所属し漫才に心血を注ぎすぎて寝食を忘れ、肺に穴をぶち空けて入院しました。
医者から「クシャミをしたら肺が破裂します」と言われました。
好きなことを突き詰めるとクシャミができなくなるのだと学びました。

それから僕は、何かに熱中することを恐れるようになりました。
次はクシャミを封じられるぐらいじゃ済まないかもしれない。
熱中と視野狭窄がイコールな自分を治さない限り、夢を見ることはできないと考えるようになりました。

脚本家を志して大学を中退したときも、そんな自分とは折り合いを付けられずにいました。
母親は「本気で目指すならバイトもしないで集中したら?」と言ってくれました。
でも、社会への参加義務と自分を繋ぎ止めておかないと再び悪夢が訪れる気がして、フリーターを選びました。
「ヌルいな」と思う自分と、「こうするしかない」と思う自分。
悪魔と悪魔が脳内で常に囁き合っているような感覚でした。

そんな折、高校の同級生と雑談していた時のこと。
そいつは多趣味な奴で人望も厚く、いわゆる「生きるのが上手」なタイプ。
でも不器用な僕を見下すでもなく、むしろ羨望のような眼差しを向けてくれる変な奴です。
僕が先述のような話をツラツラとしていると、彼も胸中を語ってくれました。
「俺は趣味こそ多いけど、苦しいと思う手前でいつもやめてしまう。
だから好きで好きでやりたくてしょうがなくて、でもちょっとシンドいってものに出会えることが本当に羨ましい」と。
僕は心に自信めいたものの萌芽を感じるのと同時に、「苦しいと思う手前でやめていいものがあるのか」と膝を打ちました。

なんでそんな当たり前のことに気付けなかったんだろう。
苦しいと思う手前でやめていいものなんて世の中に存在しないと、本気で思っていました。
苦しんだ先の栄光を手にすることだけが物事の大義ではなく、その過程を楽しんで、シンドかったらやめてもいい。
確かにゴルフが趣味のサラリーマンは、いくら上達してもプロゴルファーにはならないよなぁ。
その瞬間、僕の辞書にはっきりと「趣味」の項が追加されました。

ラップもエッセイも趣味ですが、苦しいと思う手前でやめています。
そして楽しい記憶が最後にあるから、またやろうと思える。
この手法を本分に転換していけばいいのか。
苦しい手前でやめちゃいけないけど、楽しむコツは掴めてきた。
そんで楽しい記憶のまま作業を終わらせて、また次の日頑張る。
結果が出なければ趣味に逃げる。
そんでまた楽しみ方を思い出して、脚本作りに戻る。
僕の中で確かに好循環が生まれていきました。
趣味という名のサブプロットは、一見メインストーリーとは関係のないものですが、確実に僕の人生に奥行きをもたらし、本分へのブースターの役割を果たしています。

これでもう、何も恐れずにクシャミができそうです。
もちろん、飛沫には気を付けながらですけど。

(完)


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