見出し画像

#1 これからの医療とアート -ともにミライを考えよう- ゲスト:蓮見 孝さん

 第1回チア!ゼミのテーマは「これからの医療とアート -ともにミライを考えよう-」。ゲストは、チア・アート理事で、ソーシャル・デザインを専門とする筑波大学名誉教授の蓮見孝先生でした。本レポートは、蓮見先生のお話を編集してお届けします。

チア!ゼミとは?
 チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。

「医療をアートする」

蓮見 孝/筑波大学名誉教授, チア・アート理事

画像2

日本の幸福度
 世界幸福度調査の結果を見ると、日本は意外と幸福度が低いんです。2017年は54位なんですが、2019年には58位と、年々ダウンしているんですよね。そこが、ちょっと問題だと思うんです。この調査の指標には、まず社会的サービスの部分があって、これは国が私たちに何をしてくれるのかという部分を考えると分かりやすいと思うんですが、その辺は非常にポイントが高いんです。だけど、個々人の社会観とか人生観に関わる部分が非常に低い。この結果を踏まえると、外発的、他律的な社会的サービスに加えて、内発的、自律的な実践活動を通して心の豊かさを得るような側面も必要だろうと。外発的なものと内発的なものを掛け合わせていくことで、真のQOLや生きがい、幸福感が高まるんじゃないかと思っています。

医療のなかでアートができること
 そのような考えで医療を見てみると、治療や薬だけでなく、より統合的に、自分を元気にしていくための仕組みが必要です。それには従来の医療を超えて、もっと網羅的に、さまざまな実践活動を編み込みながら、全体的なまとまり観を高めていくということが、非常に大事だと思うんです。そこで、アートやデザイン(「A&D」と略す)を活用することにどういう意義があるのか考えてみると、正直大したことはできないと思っています。アートで病気は治せないですし手術もできない。でも、医療と人をつなぐことはできるんじゃないかと思っているんです。病院の理念や医療方針、それから医療に関わる人たちの熱い想いなどを、一般の人に分かりやすく効果的に伝えていくことが必要ですし、そこにもA&Dの役割があるのかなと思います。

 ですので、これからの医療では、A&Dというものの導入が必要不可欠だと思います。そのとき注意すべきなのが、アート活動をアーティストやデザイナーに丸投げしないことです。A&D活動というのは、医療スタッフも患者さんも市民のみなさんも、みんなでやっていく、参加していく仕事なんですネ。そして、最初から高邁な活動を考えるのではなく、ほんの小さなことでもいいから始めてみて、その小さな芽を大きな木に育てていくことが大事。さらに、活動を持続・発展させていくためのエネルギーの確保という点で、A&Dを導入する理念、人材、資金、ネットワークなどを整えていかなければならないと思います。

画像3

病院でのアート活動のはじまり
 2002年に、私は筑波大学で「ユニバーサルデザイン論」という授業を担当することになりました。学部と大学院博士課程の両方に科目が設けられました。大学院の受講生には筑波大学附属病院の外科の先生もいましたが、学部生といっしょに授業をすることにしたのです。そして、フィールドワークというアクティブラーニング型の授業を試みることにしました。そこで、みんなで相談して、まずは手身近に附属病院に行ってみようか、ということになり、病院ラウンドをしてみたんですね。さらに、隣接する筑波メディカルセンター病院でもラウンドをおこなってみたら、アブノーマルなところが、いっぱい見つかったんです。例えば、家族控室。ICUなどに運び込まれた患者さんのご家族が待つ部屋にも使われるんですが、これが破れたソファーなんかが並べてあったりして、ひどい状態だということを学生が発見したのです。でも、緊急の患者さんが次々と入ってくる病院では、医療スタッフはとてもそんなところまで目が届かない。ではこれを学生の視点で整え直していく活動をしようか、ということになりました。
 そのうちに、だんだん話が広がっていって、病院全体でさまざまなA&Dの活動がおこなわれるようになり、ついに「アート・デザインプロデュース」という授業としても取り組むようになりました。

病院に必要な“ノイズ”の存在
 しかし、いわば素人の学生が仕事をするわけだから、手順が悪いというか要領が悪いというか、なかなか作品が完成しないんですネ。そうしたら、医療スタッフの方々が見かねて手伝ってくれるってことが常態化して。いつの間にかみんなでアートをするようになった。これはアメリカで学んだことですが、病院に必要なのは「ノイズ」だ、ということなのです。病院が、医療をする人とされる人という厳しい対峙関係にあるとともに、あまりにも無菌的な環境であるので、アブノーマルな緊張感が生まれ、怖い病院というような印象が生じてしまうのです。そこに日常のノイズをうまく取り入れていくことで、人は心の安寧を取り戻すのではないか。まさに学生は、非常に良質なノイズになり得るのです。

画像4

筑波大学附属病院でのワークショップ「co-more-bi(コモレビ)」(2007)/筑波大学adp学生チーム「アスパラガス」

画像5

筑波メディカルセンター病院の家族控え室を彩る「はっぱパーテーション」(2011)/筑波大学adp学生チーム「パプリカ」

医療が“生活”になり、病院が“まち”になる未来へ
 私たちは現代社会で非常にビジネスライクに生きています。全てのサービスが有料化して、何でも効率重視になり、生まれたときから目的志向で生きているんです。いい学校に入んなさい、偉くなりなさいって言われ続けている。しかし、家族には、目的なんかはないんですよね。お父さんが年間活動計画を立て、達成状況のグラフなんかを居間に貼り出したら嫌ですよネ(笑)。私も子育てした経験から言うと、家族には何が起こるか分からない。つまり、私たちは明日何が起こるか分からないなかで、適当に習慣的な行動をして生きているという側面があるのです。タイトな目的志向とゆるい生活思考の両方が必要だよね、ということを、これからはちゃんと認識して生きていくべきじゃないかと思います。ということで、医療が生活になり、病院がまちになる、そういう未来に向けて私たちは、人間的な活動を病院の中にもっと広げていけたらいいなと願っています。

画像5

蓮見 孝/筑波大学 名誉教授、チア・アート理事
2002年より筑波大学附属病院、筑波メディカルセンター病院で、アート・デザイン活動を開始。2012年度から6年間、デザインと看護の2学部を有する札幌市立大学の理事長・学長を務める。専門はソーシャルデザイン。博士(デザイン学)。

——————
第1回 チア!ゼミ「これからの医療とアート-ともにミライを考えよう-」
日程:2019年4月13日(土)14:00-16:00
場所:Biviつくば2F 筑波大学サテライトオフィス
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/
共催:筑波大学芸術系


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?