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#10 こどもたちが○○したくなる医療環境のデザイン ゲスト:中川将吾さん

第10回チア!ゼミのゲストは、小児整形外科を専門とする医師の中川将吾さん。中川さんは、こどもたちが夢中になれることを大切に、体・運動・健康を総合的に支援する環境づくりに取り組んでいます。2022年に開院した「つくば公園前ファミリークリニック」を中心に「こどもたちが『〇〇したくなる』医療環境のデザイン」についてお話していただきました。

チア!ゼミとは?
 チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。

チア!ゼミ参加者はクリニックにある技巧台に座りながらお話を聞きました


小児整形外科という分野で感じた疑問

 デザインには人の心を動かし、行動に起こさせる力があります。リハビリテーションとの親和性も高く、日々の診療の中に加えることによって、医療の力を最大限に引き出して、効果を高めることができると僕は常に考えてきました。僕の専門としている小児整形外科では、こどもたちの運動能力を引き伸ばすための治療を行います。整形外科といっても多彩な分野がありますが、小児整形外科は、赤ちゃんから成長期が終了する高校生ぐらいまでのこどもたちを主な対象としています。例えば、先天性形態異常で生まれつき手の機能がうまく使えない子や、足が片方だけしかちゃんと育っていない子、脳性麻痺などの障害で体の動きが悪くなった子などの診察を行います。

 僕はこれまで、こういったこどもたちに対して、手術やリハビリ、足に着けて機能を補う装具などで治療を行ってきましたが、そこで疑問に思うことが色々とありました。実際にどういう治療を行うかというと、装具とリハビリが中心なので、何もできずに症状がどんどん悪くなって、患者さんが病院に来る頃には手術しか選択肢が残されていないことが多かったんです。手術をすると、痛いし、入院しなきゃ駄目だし、その後も何度も手術する子もいます。その他にも、生まれつき体を動かすのが不自由で歩けない子に「頑張って練習すれば歩けるようになるよ」と言い聞かせ、無理やりリハビリを行って、その結果、関節を痛めたりするというような現場もたくさん見てきました。そうなる前にもっと何かできたのではないか、リハビリのやり方を無理やり押し付けてはいないかという思いが強く、そこで感じていた疑問がクリニックをつくるきっかけになりました。

 日本の医療は、良い点もたくさんありますが、洗練されているために、その多くの経験をこどもたちにそのまま当てはめてしまうことも多いです。このままではいけないなと思いました。もっとその子に合った正しいリハビリが何かということを突き詰めていきたかったんです。普通だったらいろいろ考えて人に相談したり、文献を探したりして、シミュレーションすると思うんですが、僕は行動力の塊なので、とりあえずクリニックをやってみて、どうにかしようとに動いちゃったわけです。

「小児整形外科という分野で感じた疑問」についてお話しする中川さん


もっと自由な空間で、それぞれに合った医療を

 そこで発想をゴロッと変え、目標設定を「治す」から「成長を助ける」という方向に思い直しました。その子が大人になる過程で、他の人たちと同じように元気に遊ぶことを目標にしたいところですが、本当にそれができるかということは、その子の病気の種類や、周りの環境によってかなり異なります。これをしっかり見定めて、その子が周りの助けを借りたり、いろんな治療を受けたりしながら、今の能力を最大限に伸ばすことができる場所を自分でつくろうという考え方に変わっていきました。

 今まで病院にあったものというと、注射や手術をするためのアイテムが多く、専門的な知識を持った人は安全を第一に考えて、決まったリハビリテーションを淡々とやっていきます。その結果、短期的には良くなったとしても、長期的に大人になったときのことはあまり考えられていません。目の前のことに全力で取り組む姿勢は素晴らしいと思いますが、小児のリハビリでは、こどもの成長と発達のことも考えないといけないので、短期的な改善だけではうまくいかないのです。予防に力を入れ、その子が生活しやすいように、地域とのつながりも含めた対応が求められます。新しいクリニックでは、従来の病院にはない自由な空間を取り入れ、わくわくする気持ちや個別性を大切にしたい。それを実現するために、医療にデザインをもっと取り入れようと思いました。


家族で通いやすくなるデザインの戦略

 これまでクリニックの目標についてお話ししてきましたが、今度は具体的なデザインの戦略をお伝えしたいと思います。デザインをいろいろ調べていくと、一般的にぱっと思い付くような、ビジュアルや見やすさだけでなく、いろんな手法があるんです。このクリニックでは、まず通いやすさを一つの軸にしています。最終的なターゲットをこどもだけじゃなく家族に設定し、完全予約制で、車で通いやすい場所を意識しました。開院時間も働いている方が通いやすい朝8時から夜7時までという時間帯を選んでいます。病院に赤ちゃんを連れて行ったらいけないんじゃないかと、おうちの方に預けてくる方もいらっしゃいますが、うちは連れてきていただいて、子育ての仕方、抱っこの仕方、おっぱいのあげ方を見ながら、治療していきましょうと伝えています。こどもの怪我や歩き方が心配で来院する方も、実はお父さん、お母さんにも体の悩みがあって、いつも一緒に遊んであげられなかったり、お出掛けできなかったりするケースもあるので、そういう場合には親子で通院するとよくなりますよと伝えています。またクリニックのファンを増やすために、いろいろな口コミやSNSも使っています。クリニックで働く人材も、採用広告は打たずに、SNSに載せた治療の内容や理念に共感してくる人が集まるようにしています。患者やスタッフの満足度を向上するために、院内動線や予約システムを取り入れたりもしました。

 こうした経緯で出来上がったこのクリニックは、大きさは建坪が60坪の2階建てで、周りには畑や森が広がり、普通に生活していたら絶対にたどり着かないような場所にあります。広大な敷地があって、走り回っても大丈夫です。いわゆる病院っぽくなく、様々な体験ができるんだということを、見た目から感じられるよう、思わず体を動かしたくなる仕組みをたくさん取り入れました。病院に行くと、静かにしなさいって言われたりするんですけど、そういった声が上がらないくらい、周りが騒いでいることが多いです。


こどもたちが自らチャレンジできる環境づくり

 僕たちのクリニックに通うことと、運動ができるようになることがどう関係しているのかということについてお話ししたいと思います。人が成長して運動するというときには、いくつか条件があります。まず、能動的に自分の意思で動くということです。単に誰かにやらされているというだけでは、動いたとしても自分の力になりません。自分でやりたいと思いながら体を動かすことが重要です。次に、それを自分で感じる必要があります。動いたときにどう動いているのか分からないと、後でやり直すことができません。自分でどうやって動いたかということを客観的な目線で見ることが大切です。最後にその失敗を何度も経験して、自分の思い描いている成功とどれだけずれているかというものを修復しながら、正しい動き方を身に付けて行きます。

 こういった運動発達の成長の条件は、順番を守ることが重要だと言われています。順番が逆で、初めから失敗しても何にもなりません。まずは自分で動いてみて、そのうち動くと周りの人が喜んでくれたという反応に気付くようになります。その気付きによって、自発行動から他者認識に変化し、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、その人たちの目線を意識して動くようになります。そうなると、最終的に模倣をし、まねをしながらどんどん動いていくという流れが生まれます。これが起こらないと、運動はレベルアップしていきません。この理解、記憶、行動の3つのサイクルをぐるぐる繰り返して行動する流れは、Plan、Do、Check、Action、のPDCAサイクルと同じです。これのどこかが止まってしまうと、こどもは行動しないし、記憶に留めておくことができない。ということは、こども目線で考えた成長しやすい環境をつくってあげればいいじゃないかと考えました。

 僕が考えたキーワードは「自由とわくわく」です。空間の自由度を高くすると、何をするかは決まっていなくても、年代も男女も関係なく、多くの職種のいろんな人が関わり合うことができます。雰囲気や色合い、デザインをこどもだからこれと留めるのではなく、自由に、何にでも興味を持てるように工夫しています。見たことのない場所で、何か他とは違うぞと思わせてくれるような、次々に新しいことが起こりそうなわくわく感を大切にしています。何かちょっと怪しくて怖いなっていうスリルを思わせておいて、でも実は楽しかったっていう気持ちの振れ幅が大きいほど、人はわくわくすると僕は思うんです。ただ安全面だけを求めるのではなく、少しだけスリルを加えてあげることが、こどものわくわくを引き出すコツだと思っています。

 それをクリニックのデザインに取り入れるとどうなるか。おそらく普通のクリニックのリハビリ室は、白い壁際にベッドとリハビリの機器が置いてあるだけの殺風景なものが多いかと思います。このクリニックのリハビリ室では、彩りも鮮やかで明るいデザインの中に、武骨なリハビリ機器が置いてあります。こどもはこういうものを触って使いたがるんです。「こども向け」というものばかり置いてないのが1つの特徴です。真ん中にはボルダリングがあって、その周りには、トレーニングをするための無骨な機器をあえて置いています。また、小上がりスペースの段差もあえて設けました。真っ平のところで、怪我の心配なく動けるのも良いですが、ものを乗り越えたり、上に上がったりする経験が今のこどもたちには少ないと言われています。そこをあえて上ったり、飛び降りたり、そういった動きを繰り返すことで、体が鍛えられ、また新しい動きができるようになります。巧技台も今のこどもたちがなかなか日常生活では体験しないような、たくさんの動きを実践することができます。上ったり下りたり、触ったりつかんだり、またいだり、そういった多くの運動を経験することができるので、ここのリハビリ室にも取り入れています。外のお山も見た瞬間、みんな走りだして登っていくんです。

クリニック1階の小上がりスペース ©︎永井写真事務所

 また、待合室も特徴的です。普通の病院の待合室って、椅子が並んでいて皆さんじーっと一点を見つめながら待っているというような状況が思い浮かぶと思います。ここの待合室は、こどもたちが自由に行き来できるように、座る場所があちこちにつくってあるんです。みんなソファーに座ったり、ボールプールの脇に座ったりして、待つのが苦痛にはならない工夫をしています。ここでも段差を取り入れたり、ソファーに上ったりするというような経験をつくるようにしていて、体を縦に動かすことで、自然と筋力を付けて、体の使い方を覚えられるように工夫しています。

クリニック1階の待合室ソファ ©︎Yumi Sudo
クリニック1階待合室のボールプール ©︎Yumi Sudo

 来院の理由も、普通のクリニックではどこかを痛めたり怪我をしたりした場合が多いと思いますが、僕たちのクリニックではいつ遊びに来てもいいよと、イベントも開催したりします。開院イベントのときには、外にキッチンカーとパフォーマーさんを呼んで、マグロの解体ショーなんかも行いました。この時は総勢500人以上が来る大きなイベントになりました。また、このクリニックを大切に、通いやすいものにしてもらえるように、子供たちに壁の一部に絵を描いてもらうというイベントもしたりしました。こういったものを企画していくことで、クリニックが日常生活の一部として機能し、些細なことでも体の異常を早期に見つけたり、早めに対応できたりするというような狙いもあります。今後もこういったイベントを定期的に開催していこうと思っています。

小上がりスペースの壁画制作イベント ©︎Yumi Sudo
壁にスタンプ!こどもたちと一緒に壁画を完成させました ©︎Yumi Sudo

 「こどもたちが〇〇したくなる医療機関のデザイン」とはどういうものか、僕は、誰もが夢中になって新しいものにチャレンジできる環境づくりだと思います。僕たちのクリニックのホームページに「BE PLAYFUL」という言葉を掲げています。何かをしたくなった結果、運動をする、身に付くという成長の流れを大切に日々の診療を行っています。遊び心を持って動くことで体が強くなるということを目標として、できるだけ家族の負担を小さくする。こどもをもっと自由に遊ばせる。それが大切だと常に思っています。


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 中川 将吾
医師(整形外科専門医)、つくば公園前ファミリークリニック院長

2009年、筑波大学医学専門学群医学類卒業。小児整形外科を専門として、横浜労災病院、滋賀県立小児保健医療センター整形外科、茨城県立医療大学付属病院整形外科などで勤務。2020年に筑波大学大学院博士課程修了。博士(医学)。2022年5月、BE PLAYFULをコンセプトとして、茨城県つくば市につくば公園前ファミリークリニックを開業。

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第10回チア!ゼミ「こどもたちが『〇〇したくなる』医療環境のデザイン」
日程:2022年11月27日(日)15:00-16:30
場所:つくば公園前ファミリークリニック(オンライン生配信併用)
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/

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