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感動体験を言葉に残しておく

早朝、千葉の端っこ。
早起きするつもりは毛頭なかったけれど、なんとなく朝4時に目が冴えた。まあ、ブランケットのダニのせいで寝れなかっただけなんだけど。物置部屋の奥で埃をかぶっていたやつだっからきっとそうだ。

少し重い体を起こして窓に目をやると、カーテンの隙間から差し込むかすかな光に目の奥がしみた。外はもう明るみ始めていた。

朝だ!!

どこからそんな瞬発力が生まれるのかよくわかんないけど、謎に湧き出るエネルギーに身を任せてガバッと跳ね起きた。
こんなにテンション上がるんだ、私。
黎明がたまらなく好きらしい。

急いで顔を洗い、日焼け止めを塗って、修学旅行に行く朝のようなウキウキ感を胸に玄関へ向かった。

玄関の扉をカラカラと開けると、田舎の香りがした。大好きな匂い。その香りをめいっぱい吸い込めば、たちまち私の中でまだ眠っている蕾たちが開花する。

はああ。心地よさですでに軽めに陶酔。天然の麻薬みたいだ。

あああ〜最っ高に気持ちいい!

頭上には、琥珀色に色付いたベールのような雲が浮いていた。

春は暁を忘れさせるけれど、夏はむしろ暁へと導いてくれる(少なくとも私は)。その点、夏は好きだ。
ばがみたいに暑いのが難点だけど。

あ、もしかしたら日の出見れるかも...!

頭にポッと電球が浮かんだ。その瞬間、バチバチっとドーパミンが脳に弾けて、私の身体を東へと急かした。

このあたりにはどんな景色が広がってるんだろう。
新開地はやっぱり子どもみたいにワクワクする。

古民家を出て少し歩くと、焚き火のような香りがした。
誰かが何かを燃やしてる。田舎あるある。
この香り、たまらなく好きなんだよなあ。

私の大好きな場所でよく嗅いだ香りだからかな、
と少しノスタルジックな気持ちになる。
この香りを嗅げば、天使のように優しかったあの場所を、いつも鮮烈に思い出すんだ。

さらに進むと、開けた場所に出た。
ただひたすらに草一面。稲穂が風に揺られて波打っていた。海みたいだ。

あたりは高い建物も山も何もない。
こうやってみると、やっぱ地球は丸いことを実感する。それくらいに開けていた。

贅沢だ。本当に、贅沢な場所だ。

そして何より、私の目を捉えて離さなかったものがあった。太陽だ。
ちょうど、顔を出したばかりの光がそこにあった。
美しさのあまり思わず変な声が出た。

朝日。始まりの象徴。希望。

思いがけず出逢った地球からのギフトを前に、私の中では激しく煮えたぎるような強烈な感情が押し寄せてきた。
それは、焼き尽くすような愛の感覚だった。

地球への愛。
宇宙への愛。
生物、自然、この惑星に存在する生命体への愛。

...とまあそれっぽい言葉を並べてみたけど、どこへ向かってる愛のなのかは正直よく分かんないけど。
だけど、とにかく心が溶けていくようだった。

その感覚は、バケツをひっくり返したように衝撃的で、恋焦がれるあの激しい感覚に似ていた。
エクスタシー。忘我。恍惚。陶酔。

言葉にならないこの幸福感と共に、田んぼ道を踏みしめるように、ゆっくりと歩いた。
その田んぼ道は、意味わからないくらい真っ直ぐに地平線の彼方へと続いていた。
まるでこのまま歩いて行けば空へと辿り着けるような気がしちゃう。

ああ、どうかこのまま。
時が止まってくれたらいいのに。

幸せを強烈に感じるとともに、その刹那性を感じて少し切なくもなった。

朝ってどうしてこんなに綺麗なんだろう。

朝の光って、不思議なほどに柔らかくて優しくて、どんなものも美しく照らしてしまう。
魔法の光みたい。

蜘蛛の糸が、宝石のように銀色に煌めいてる。
草花をまとう透明な水晶玉たちは、透き通るほどに光ってる。

鳥と虫たちのミュージカルにうっとりする。
少しひんやりした空気が、灼熱の場所からクーラーの効いた涼しい部屋に入った瞬間の爽快感の如く、たまらなく心地よい。

地球の原始的な美しさが怒涛すぎて、もうなんだかクラクラする。

今や地球は人間社会になって、あたかも人間がこの星の中心かのように思えてしまうけど、結局この世界の本当の姿は自然であり、そこに生きるたくさんの生物たちであり、そう思うとこの惑星がたまらなく愛おしくなる。

人間による芸術が美しいのは、自然が美しいからで、芸術の美しさは常に自然が創り上げる本質的な美しさの上に成り立っているんだろうな。
なんて思ったり。


太陽は高く登り、空は見慣れた日常の一部に溶け込んだ。

地球の美しさを突きつけられて、
その美しさに強く心揺さぶられて、
鮮烈な喜びを感じたワンシーン。

この喜びはたぶん、この星に生きてることそれ自体の喜びだった気がした。

生きてる!!!
自由だ!!!!
ってとにかく何かしらの言葉を叫びたくなるような、
生物的で原始的な喜び。

私たちが感じるどんな喜びであっても、
その一つ一つの幸せに慣れてしまいたくない。
人間は、ずっとあるものには慣れる。そういう便利な性質がある。

目の前にある幸せに慣れちゃうとどうなるんだろう?

その幸せはいつでも感じられて、
すぐに手に入って、
そこにあるのが当たり前だ、
ってな具合に錯覚してしまいそうに思える。

幸せを掴みに行くことはとっても大事だけど、
幸せになる勇気もとっても大事だけど、
手にした・出会った幸せを永遠に自分のものにしようとするのはご法度なのかもしれない。どうしても永遠のものにしたくなっちゃうけど。

でもそれをしようとすると、その幸せが当たり前なものになって、いつか執着に変わって、
最後に、それが永遠じゃないってことを突き付けられて、自分の身もその幸せ自体も、ボロボロと崩れ落ちて行く気がするんだ。

幸せは刹那。
だから美しくもある。
その幸せは永遠じゃなくて、いつかは消えてなくなることを知っているから、
一つ一つの小さな幸せに感謝をしたくなる。

なんてね。

とにかく、神の存在を信じたことはないんだけれど、こればかりは美しいものを美しいと思わせてくれるプログラムを人間に与えてくれた創造主に感謝せずにはいられなかったんだ、
っていうエピソードでした。

そんな、自然と共にあれるこの現実への深い喜びを胸に、また次の日の朝を楽しみに、
今日も寝床に着く。

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