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私たちの部屋

27歳の時に、私は姉と実家を出て二人暮らしを始めた。

私たちは二人とも1時間足らずの道を車で通勤していて、両親が長い距離を通勤することを心配したので、職場の近くにアパートを借りることにした。

そこは歴史の香りを感じる、水辺の小ぢんまりとした美しい城下町だった。

私たちのアパートは仕事関係で姉が厚意にしていただいていた人に直接大家さんを紹介してもらったので、他の部屋と見比べずに決めた。
でも姉と私はその部屋をすぐに気に入った。

少し古めかしいアパートで、小さな玄関ホールを囲むように、キッチンとバスルームと3つの和室がある。キッチンの入り口には扉がなくて、入口はアーチ型にくり抜かれていて、私たちは少し昔っぽいその作りが好きだった。

目の前は、中学校のグラウンドで、後ろは大きなマンションの駐車場で、日当たりも風通しも良かった。

高校を卒業してから姉は実家から通える地元の学校に進み、私は県外の学校を選び、親元を離れたけれど、とても規則の厳しい寮に住んでいた。だから、二人とも初めての独立だった。

まるで自分の半分みたいに仲の良い姉と二人だけの暮らし。
自分の意思で始めた暮らしではなかったけれど、すぐにこれは私が求めていたものだと思った。誰にも干渉されることのない、二人だけの自由で安全な空間。そこにいると安心できた。その家もそこでの生活も、当時の私に隙間なくぴったりだった。私はこの暮らしがとても好きになった。

遊びに来た友人たちは、居心地がいいとか、ここに住みたいとかよく言ってくれた。

そこに引っ越した頃、ちょうど私たちと同じく実家を出て、私たちのアパートの近くで一人暮らしをしている二人の友人がいた。

一人は私たちのアパートから5分もかからないところに住んでいて、よく仕事から帰ってきたら一緒にご飯を作ったり、お互いにたくさん作ったらお裾分けをしたりした。それから、よく二人で夕飯の後待ち合わせて、夜の街を歩いて近くの湖まで散歩した。

二人の友人が私たちの部屋に遊びに来ることもあったし、誰かの部屋に遊びに行ったり、時々4人でご飯を食べに行くこともあった。一人が運転する車にみんなで乗って、ご飯を食べた後は夜遅くまで営業するカフェで時間も気にせずお茶をしておしゃべりをした。
実家にいる頃は、夜気軽に出かけられるほど街は近くなかったし、いつも親の目を気にしていたから、私はそれが大人になった気がして、自由で嬉しかった。

姉の仕事は帰りが遅かったから、ご飯作りは私の担当だった。ご飯ができると私は先に一人で夕飯を済ませて、テレビを見ながら姉の帰りを待っていた。冬はよくこたつで寝落ちしていた。

冬のある日、私は母から譲り受けた無水鍋で煮込み料理を作っていた。姉は仕事で、家には私一人。外は寒いけれど家の中は心地よくあたたかい。ことことと静かに湯気の上がる鍋。私はダイニングテーブルでそれを待ちながら、好きな本を読んでいた。

私はとても幸福な気持ちだった。誰の気配もしない静かな部屋。そこは二人で選んだ好きなものだけが置かれている。私だけの静かで特別な時間。

同じキッチンで私の誕生日には、姉が海老や貝がたくさんのったパエリアを作ってくれたことがあった。人生初のパエリアは、とても美味しくて感動した。あれから何度かパエリアを食べたけど、あの時の感動に勝るものはなかった。

実家にいた時のように、毎年遠くに旅行にいくことはできなくなったけれど、私はその生活に満足していた。

そんな生活がしばらく続いた。

そのうち、いちばん近くに住んでいた友人に彼氏ができて、会うことが少なくなった。もう一人の友人は、結婚して旦那さんと一緒に東京に行くことになった。そんなふうにして、私たちの関係は少しずつ変わっていった。

それから程なくして、私は東京に転勤することになり、姉も一緒に上京することになった。

引っ越しの日。
まだまだ先だと思っていたその日はあっという間にやってきた。

荷物を積んだ引っ越しのトラックを見送り、掃除をして、姉と私は部屋の引き渡しを待っていた。
昨日まで確かに私たちの部屋だったこの場所は、荷物がなくなってしまうとなんだか別の場所のように思えた。

もうこの部屋に帰って来ることはないのだ。
そしてもうすぐ私たちは住み慣れた場所を離れて、知らない土地で新しい生活が始まる。
二人とも心細さで言葉少なになっていた。私は言葉にするとその不安が本物になってしまいそうで、それを口に出すことができなかった。

私はがらんとした部屋に寝転んで天井や、開け放たれた窓の外の空を眺めていた。外は晴れていて、中学校の校庭の向こうから、のどかな校内放送がひびいていた。

私たちはその部屋で、20代の終わりの4年間を過ごした。
今でもあの部屋で過ごした時間を思うと、私は優しい気持ちになれる。あの、あたたかくて親密な場所。

あの頃いちばん近くに住んでいた友人は、あの時の彼と結婚して、今は二人の子供のお母さんになった。
旦那さんと東京に行った友人は、今も二人で東京で暮らしている。

上京した私と姉は、しばらく弟と三人で暮らした。その後、結婚して弟が出ていき、しばらくは二人で暮らした。
そのあとだんだんとお互いに二人暮らしが窮屈に感じるようになり、今はそれぞれが一人暮らしだ。姉とは変わらず仲が良い。

20代の終わりの時間、まだ幼かった私は、悲しいことも苦しいこともあったけど、あの部屋に守られて過ごした。

その時間は私にとって、大人になる前の人生の小休止のような、穏やかで幸せな時間だった。

その時間を一緒に過ごしてくれた姉にもありがとうって言いたい。

人って一緒にいる時はいつまでもそれが続くように思ってしまうけど、本当はそうじゃないのだ。
私たちは誰もが変わり続ける、自分を取り囲む環境も自分自身も。だから誰かと一緒に居られる時間は奇跡みたいなものだと思う。
私はそのことをすぐに忘れてしまうけれど。


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