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「死ぬまでに観たい映画1001本」全作品を鑑賞してみた感想

まえがき

こんにちは、che bunbun(チェ・ブンブン)です。

本日は重要な報告があります。



11年かけて「死ぬまでに観たい映画1001本」全作品を鑑賞しました!!



みなさんは、「死ぬまでに観たい映画1001本」という本をご存知だろうか?

映画評論家であるスティーヴン・ジェイ・シュナイダーが、映画の有識者を集めて、映画史を語る上で重要な映画1001本を紹介した本である。寄稿者の中には、「映画監督、北野武。」や「ニコラス・レイ読本 We Can't Go Home Again」で執筆されているクリス・フジワラがいる。彼は『金髪乱れて』、『残菊物語』、『パサジェルカなどの作品について解説を寄せているのである。

高校生の頃にこの本に出会い、「いつか全部の作品を観てみたい」と思い、ずっと追ってきた。「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソン始めた当初は、どうやって入手すれば良いのか分からない作品も多かった。ヤンチョー・ミクローシュ『Még kér a népのように中には英語のタイトルすらついていない作品もあった。

しかしながら、イエジー・スコリモフスキ『早春が2018年に劇場公開されたあたりから、デジタルリマスターやリバイバル上映が盛り上がるようになり、サタンタンゴ』『マルケータ・ラザロヴァー』、『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』、『WANDA ワンダなどといった激レア作品が次々と劇場で、それも日本語字幕付きで観られるようになった。

この勢いは止まることなく、2023年はジャン・ユスターシュ『ママと娼婦』の劇場公開が控えている。さらに、最近はサブスク戦国時代ということもあり、Amazon Prime VideoやU-NEXTで昔の映画にアクセスしやすくなった。

一気に難易度が下がった「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソン。だが、全部観るとなると興味のないジャンルや苦手ジャンルにも触れる必要がある。非常に困難な道だ。ある人物と出会わなければ走りきることはできなかったであろう。

その人物とは、Knights of Odessaさん(@IloveKubrick)だ。2018年に出会ってから、情報交換をするようになり、4年近く並走してきた。彼は2023年2月に全作品を走り切った。最後に観た作品は『ニュー・シネマ・パラダイス』だったという。私も走り切らないとと思い、ここ数週間、ずっと残りの作品を観てきた。

そしてついに、11年に及ぶ物語に終止符を打ったのであった。

「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンを走り切る攻略法に関しては既に、Knights of Odessaさんの完走した感想記事や、私のYouTube動画で語っているので、この記事では自分と「死ぬまでに観たい映画1001本」との11年について語っていく。

完全に自分語りであること、ご了承ください。

長い時間かけて念願の夢を達成したので今回は自分語りをさせてください。

なお、「死ぬまでに観たい映画1001本」は何度か改訂されているが、ここでは2011年に発行された改訂新版をベースに語っていく。

▲配信動画でも「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンの完走した感想を語りました。

第1章:「死ぬまでに観たい映画1001本」との出会い

私が映画にハマったのは、中学2年生の頃だった。英語の授業で外国人先生に「What's your hobby?」と訊かれた。その際に、答えることができず怒られて立たされた辛さから、趣味を作ろうと決心した。何を趣味にしようかと考えた際に浮かんだのが「映画」であった。

私の家庭は少し特殊だ。母親がアニメや戦隊モノから私を遠ざけようとしていたのである。その代わりに、映画をよく観せてくれた。『スター・ウォーズ』や『E.T.』、『ブルース・ブラザーズ』などといった作品を観て育った。英才教育ならず《映才教育》である。父親も映画好きであった。監督だと黒澤明、スタンリー・キューブリック、アンドレイ・タルコフスキー。ジャンルだと『ダイ・ハード』のようなおっさんが戦う映画を好んでいた。映画が日常的な存在だったので趣味にしやすかったのだ。映画を観始めるようになると、両親から『2001年宇宙の旅』や『ファイト・クラブ』、『ショーシャンクの空に』などといった作品をオススメされた。

中学時代に書いた『博士の異常な愛情』感想。
感想というよりか、あらすじ概要じゃんと思うが、これの積み重ねで《今》がある。
これは2022年に書いたトップガン感想の一部である。我ながら文章に成長が感じられる。

また、母親から映画の感想をブログに書いてみたらと言われ、アメブロで自分のサイトを立ち上げた。最初の頃は、今とは違い、あらすじを書いているだけのような拙い記事しか書けなかったことを覚えている。しかし、自分の知らない世界に衝撃を受け、それを文章に落とし込むことは好きだった。

当時、huluを契約していた。通学時間が片道1時間半以上あったので、学生時代は、往復で1本、家に帰ってから数本映画を観て感想を書く生活を延々と繰り返していた。高校生にもなると、「映画史における重要作品100選」に掲載される作品の大半を観てしまっている状況となり、この手の本に物足りなさを感じていた。

そんなある日、それは高校2年生の冬であった。一冊の本で出会った。それが「死ぬまでに観たい映画1001本」である。鈍器のように分厚い映画本、そこには沢山の映画が写真付きで紹介されていた。また、序文に以下のことが書かれていた。

「名画100本」は特定のジャンル(コメディ、ホラー、SF、ロマンス、西部劇)、あるいは特定の国の作品(フランス、中国、イタリア、日本、英国)に限定して作られるリストになりつつある。つまり、ベスト作品、貴重な作品、重要な作品、あるいは忘れられない映画のリストを作るとなるとー映画の歴史全体をカバーする公平なリストをつくろうと思えば、1000本より少なくすることは不可能だし、そうした選び方は無責任だ。

「死ぬまでに観たい映画1001本」より引用

映画史において重要な映画を選ぶことへの苦悩に満ち溢れた序文の熱量に惹かれた。私は、おこづかいを貯めて購入してみた。

まず最初にやることは、このリストのうち何本を観たかである。自信はあった。半分くらいは観ているであろうと。それは井の中の蛙であった。300本くらいしか観ていなかったのである。1950年代以前の作品が壊滅であったのだ。ビンタされたような衝撃、そして世界には自分の知らない作品がたくさんあるワクワク感に魅せられ、このリストを追っていくこととなった。

第2章:孤独な道のり

『吸血ギャング団(レ・ヴァンピール)』については
オリヴィエ・アサイヤス『イルマ・ヴェップ』で扱われていました。
最近は海外からブルーレイが出ているので入手難易度はそこまで高くありません。
(IMDbより画像引用)

とはいっても、始めた当初は全作品を観ることはできないであろうと思っていた。7時間近くあるサイレント映画吸血ギャング団(レ・ヴァンピール)を観る機会はないだろうと思っていたし、当時は映画を輸入して英語字幕付きで観るといった発想がなかった。

『砂丘』の爆発シーンは本当に凄い!
観る機会があれば是非!
(MUBIより引用)

大学入学すると、AVライブラリがあった。TSUTAYAにないような作品の宝庫だった。そこで『悲情城市』や『ひなぎく』、『砂丘』などといった掲載作品を片っ端から観漁った。

大学卒業する頃には、Twitterで映画情報を収集するようになり、アテネ・フランセやイメージ・フォーラムなどで開催される特集上映にアンテナを張る。不安と魂の上映に興奮して観に行った記憶がある。映画のオフ会に行くようになったのもこの頃。映画のオフ会は大小様々ある。大抵、とても詳しい人が1人はいるが、「死ぬまでに観たい映画1001本」デッキで話す人など存在せず、話したところで話は膨らまない。「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンは果てしなく孤独の道であった。

最近になって分かったのだが、「死ぬまでに観たい映画1001本」デッキは映画関係者に対して使ってもウケが非常に悪い。もし、この話をする際にはTPOを慎重に選んだ方が良さそうだ。

第3章:Knights of Odessaさんとの出会い

いつの間にか社会人になっていた。社会人になると仕事に忙殺され、映画を観る時間もなくなるし、ブログも書けなくなると思っていた。しかし、実際には毎年500本近く映画を観て、1日欠かさずブログ記事をアップし続けること6年が経過しようとしている。ここまでのめり込むとは正直思ってもいなかった。

『ウェディング・バンケット』(IMDbより画像引用)

さて、社会人2年目のある日、Filmarksにコメントが来ていた。それがKnights of Odessaさんだった。プロフィールをみると、オールタイムベストにアン・リーの『ウェディング・バンケット』を入れていた。他もずいぶんと渋いラインナップであった。どんなやりとりがあったかは今となっては忘れてしまったが、当時はおじさんだと思っていた。

この時期、私はいろんな映画のオフ会に行っていた。Twitterで小規模なオフ会が開催されると知り、行くことにした。この手のオフ会では、相手のことを知るためにあの難問が繰り出される。

「あなたのオールタイムベスト映画はなんですか?」

順番に、好きな映画について語っていく。エリック・ロメールの作品を挙げる方も入れば、『かにゴールキーパー』を推す人もいて(オールタイムベストというよりかは好きな映画という文脈だったかもしれない)バラエティ豊かであった。だが、ある単語を聞いて電流が流れた。

『ウェディング・バンケット』

オールタイムベストに入れている人をみたことがない。

まさか……と思った。

おそるおそる訊いてみた。

ひょっとして…Knights of Odessaさん?

はい、と彼は答えた。

彼は年下であった。

Twitterで私がこのオフ会に行くことを宣言していたのを聞きつけて会いに来たとのことだった。彼も「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンを走っているとのこと。

まさしく、マルチバースの扉が開かれた瞬間であった。

彼と情報交換しながら、特集上映に行ったり、DVDの貸し借りを行った。Knights of Odessaさんの攻略法はかなり独特であり、出会って早い段階でサイレント映画や日本未公開映画を全部鑑賞し終えていた。その代わり、ミュージカル映画や有名映画が苦手らしく、『サウンド・オブ・ミュージック』、『タイタニック』や『シザーハンズ』などが残っていた。

改めて「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンがオープンワールドゲームのような奥深さを持っていることが分かった。自分はフィルム・ノワール、西部劇、サイレント映画がかなり残っており、終盤まで苦しまされることとなった。

いつしか、会った時の合言葉が「何本観終わった?」になっていた。

第4章:コロナ禍がゴールまで導いた

「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンをサボっていた時期がある。劇場公開作品とMUBIで配信される日本未公開映画を掘るのに忙しく、全然追えていない時期が1年以上あった。

その一方で、Knights of Odessaさんは着実に500本、600本と作品を観ていき、いつしか自分を抜かしていた。私は、600本地点で停滞していた。残り400本となると、意識して探さないと遭遇しない作品が多くなってくるのだ。

そんな自分を再び、フィールドに戻したのはコロナ禍であった。新型コロナウイルスが全世界で蔓延すると、映画館が閉鎖されたり、観たい映画が上映延期になったりした。配信でも、観たい映画がない状況に陥り、ふと本棚に目をやった。そこには、あの分厚い本があった。

終わらそう!

こうして、再び私は走り始めた。Amazon Prime Videoにジュネス企画のクラシック映画が大量に配信される事件もあり、完走に希望の光が見え始めた。とはいっても、映画閑散期である1~3月が終わると、毎月のように映画の特集上映が始まることもあり、1年に掲載作品の100本〜150本くらいしか鑑賞することができなかった。終わりそうで終わらない道が続いた。苦手ジャンルが膨大に残っていた。残り200〜50本付近までイバラ道が続いた。もちろん、結婚五年目』『見知らぬ乗客』『逮捕命令などといった思わぬ大傑作に遭遇することもあった。それをバネに一本、また一本と進めていった。

第5章:最後の10本について

Knights of Odessaさんが2月に完走した。彼の最後は『ニュー・シネマ・パラダイス』であった。『スター・ウォーズ 新たなる希望』で始まり『ニュー・シネマ・パラダイス』で終わるというアニメの主人公かと思うような華麗な軌跡、あまりにカッコよくて眩い着地に涙した。私の始まりも、おそらくは幼稚園の時に観た『スター・ウォーズ 新たなる希望』が最初であるが、『ニュー・シネマ・パラダイス』は中学時代に終わっていた。

では最後の作品はなににしようか。数年前から悩みながら決めていった。

それはアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『アモーレス・ペロス』である。

中学高校時代は、隙さえあればTSUTAYAへ通っていた。どの店舗に行っても決まってあるのが『アモーレス・ペロス』だった。興味こそあったものの、ついつい別の作品を手にとってしまい借りることはなかった。サブスクではこの作品に遭遇せず、観る機会を結局失ってしまったのであった。

最後の作品は比較的有名な映画にしたかった。それも入手が簡単なものにしたかった。序盤に出会う人物がラスボスみたいな展開が好きだからだ。それを「死ぬまでに観たい映画1001本」でやりたいと思った。とはいえ、先述の通り高校卒業する頃には一通りの有名どころは観てしまっている。『ショーシャンクの空に』や『タイタニック』、『ダークナイト』は中学時代に観てしまっている。どうしようと思った時にTSUTAYA映画『アモーレス・ペロス』を最後の一本にしたのだ。併せて最後の10本のセットリストを作ったそれが下記である。

1.『アモーレス・ペロス』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/1999)
2.『ダンシング・ヒーロー』(バズ・ラーマン/1992)
3.『乙女の祈り』(ピーター・ジャクソン/1994)
4.『アトランティック・シティ』(ルイ・マル/1980)
5.『真実の囁き』(ジョン・セイルズ/1996)
6.『In the Loop』(アーマンド・イアヌッチ/2009)
7.『マダムと泥棒』(アレクサンダー・マッケンドリック/1955)
8.『西部の人』(アンソニー・マン1958)
9.『天使の顔』(オットー・プレミンジャー/1953)
10.『スウィート ヒアアフター』(アトム・エゴヤン/1997)

苦手な映画監督ルイ・マル、アトム・エゴヤン、そして苦手ジャンルである西部劇とフィルム・ノワールが見事に残った。それに苦手そうな『In the Loop』、『マダムと泥棒』が加わり、ラストダンジョンに相応しいラインナップとなった。だから最後は爽快に駆け抜けようと『乙女の祈り』、『ダンシング・ヒーロー』そして『アモーレス・ペロス』にした。

折角なので、最後の10本の感想を軽く書いていくとしよう。

1.『アモーレス・ペロス』
(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/1999)

『21グラム』や『バベル』を観た時にも感じたが、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督は群像劇としてはそこまで上手いとは思えず、勢いと感傷的な雰囲気で押し切るイメージがある。長編デビュー作の『アモーレス・ペロス』も同様だ。カーチェイスの末に起きた事故を中心に3種類の物語を紡いでいく内容となっているのだが、荒々しいカット割りで誤魔化されている感が否めなかった。しかしながら、第2章がとても面白かった。新居に引っ越してそうそう、妻が床に大穴を開けてしまう。ある日、ペットの犬がその穴に入ったきり出てこなくなってしまう。夜になると、床下から悲しげな犬の声が聞こえてくる。交通事故で歩けない妻は、自分の境遇と重ね合わせ、夫に懇願するが温度差の違いからフラストレーションが溜まっていく。絶妙に見えそうで見えない穴の深淵、突然鳴り始める電話が恐怖を増幅させていく。家にポッカリできた穴でここまで繊細な心理劇を描けるのかと驚かされたのであった。

2.『ダンシング・ヒーロー』
(バズ・ラーマン/1992)

バズ・ラーマンは、デイミアン・チャゼルに近い煌びやかさの中に闇を隠す監督だと思っている。なので、ヴィジュアルは豪華絢爛キラキラとしているが、実は暗い話だったりする。社交ダンスに出場したスター選手スコット・ヘイスティングが大会の規定を無視した大技に挑戦するも、それがきっかけで敗北、パートナーも去ってしまう絶望的な状況から始まる。そこに初心者の女が現れ、「自分と一緒に踊ってください」と懇願される。彼女は目まぐるしい勢いで成長するが、家庭に問題があってといった内容。夢破れた者と夢が破れかかっている者が情熱と情熱をぶつけ合って大会に挑むの。キラキラした画だから素直に楽しめるが、血の滲むような理想と現実の対立がここにあって少し胸が苦しくなった。

3.『乙女の祈り』
(ピーター・ジャクソン/1994)

『バッド・テイスト』、『ブレインデッド』とゲテモノ映画を撮ってきたピーター・ジャクソンがヴェネツィア国際映画祭で監督賞を獲った作品。とはいってもゲテモノ路線である。何よりもケイト・ウィンスレットの怪演が強烈だ。彼女は転校生役を演じているのだが、転校初日から目つきがギョロッとしていて怖い。いきなり、先生に嫌味ったらしくミスを指摘する。美術の授業では関係ない絵を描いて怒られる不良っぷりを魅せつけるのだが、そんな彼女に影なる存在だったクラスメイトが好意を抱く。二人が作り出す空想世界の造形は『ロード・オブ・ザ・リング』に影響を与えたであろう。徹頭徹尾、暴走する二人の女の物語に魅了されたのであった。

4.『アトランティック・シティ』
(ルイ・マル/1980)

1980年のヴェネツィア国際映画祭金獅子賞は『グロリア』と『アトランティック・シティ』に与えられた。異様な2本選出で面白い。「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンを走ってみて、ルイ・マルの多彩なジャンル横断に驚かされる。陰鬱な内なる自己を描いた『鬼火』に始まり、子どもの自由な暴走を描いた『地下鉄のザジ』、さらには海洋ドキュメンタリー『沈黙の世界』も撮っている。そして『アトランティック・シティ』はカラーになったフィルムノワールといえる作品だろう。作品ジャンルがバラバラなのだ。本作は、ビルの爆破崩壊のシーンから始まり、工事現場なのかよくわからない空間で戦いが勃発する、珍妙なシーンが多かった印象が強かった。

5.『真実の囁き』
(ジョン・セイルズ/1996)

西部劇、ミステリー、群像劇と苦手ジャンルが全部盛りだったため、正直乗れなかった作品だ。しかし、撮影の質感がとても良かった。例えば、冒頭、警察官が骨を発見している側で、ヘッドホンをつけたトレジャーハンターが嗅ぎ回っている緩い空間や、バーで生意気な警察官に対して「お前はクビだ」と言い放つ場面の一触即発なピリついた空気が良かった。撮影監督を調べたら、『ピアノ・レッスン』『LIFE!』のスチュアート・ドライバーグであった。

6.『In the Loop』
(アーマンド・イアヌッチ/2009)

BBCのテレビシリーズ『The Thick of it』のエピソードをベースにしたイギリスの政治風刺劇である。テレビシリーズがベースにあるせいなのか、撮影がドキュメンタリータッチ、それもテレビの特番みたいなチープさで描かれる。『セレブレーション』もそうだけれども、手持ちカメラによるブレによってリアリティを出そうとする演出が苦手で、なおかつ文脈が分からない部分が多かったので全く乗れなかった。この手の演出であれば、『ボラット』だけで十分な気がする。

7.『マダムと泥棒』
(アレクサンダー・マッケンドリック/1955)

「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソンを走る上で、イーリング・コメディが箸休め的に楽しめる作品だと知った。本作は、いわゆる家侵入ものだ。おばあちゃんの家に野郎集団が入り、現金強奪作戦が遂行されるといったもの。通常、家侵入ものは、侵入される者が悲惨な目に遭う。しかし、この映画で侵入される側のおばあちゃんは違う。彼女の鈍感さが、野郎をひたすら困らせていくのだ。正直、クドい部分も多く、日本だったらジェラードンが10分程度でバサッと描けてしまう内容であろう。しかし、家に忍び寄る影の描写や、列車の煙を利用した銃撃戦の描写がキレッキレで楽しめた。

8.『西部の人』
(アンソニー・マン/1958)

西部劇は苦手ジャンルであるが、これは良かった。本編より、導入の部分が非常に面白い。ゲイリー・クーパー演じる大男が荷物を抱えて、列車の座席に着こうとするのだが、身体がデカすぎて、足がつっかえる。列車の運転も荒く、動くたびに前の座席の人にガンガンとぶつかる。「喧嘩が起きてしまうのではないか?」といった緊迫感がある。ようやく、一息つくと、謎のおっさんが隣にぐいぐい座ってきてやたらと語りかけてくるイヤラしい状況が生まれる。これをもって、ゲイリー・クーパーにロクなことが起きないと予見させるのである。実際に、映画はとんでもない旅路へと誘った。

9.『天使の顔』
(オットー・プレミンジャー/1953)

キャット・ピープルを観た時にも感じたが、フィルム・ノワールに出てくる男は、窮地に陥りつつも「俺は大丈夫だ、彼女を救うんだ」と魔性の女に惚れがちだ。本作の男も、逆玉の輿の勢いで店の出店費用を工面し始める女の魔の手から逃れられず、犯罪の引力へと吸い寄せられてしまう。ゆったり、ねっとりしたペースで物語が進むのだが、突然強烈な描写が飛び込んでくるオットー・プレミンジャー監督の居合斬りが特徴的な作品である。

10.『スウィート ヒアアフター』
(アトム・エゴヤン/1997)

『白い沈黙』を観た時にアトム・エゴヤンのロジックはよく分からないなと感じた。この違和感は『スウィート ヒアアフター』でも感じることとなる。凄惨なバス事故が発生する。集団訴訟を起こすため、弁護士が関係者に会いに行く。「事故」なんて存在しない。あるのは怠惰だといった姿勢を取る弁護士が、運転手に対して「彼女は絶対に事故を起こさない」とヒューマンエラーを否定し始めるロジックに疑問を抱く。確かに、見せかけの論理的思考で、特定のゴールに誘導する人は見かける。だから、一旦、このロジックを受容してみることにしたのだが、今度はとある女が「運転手は時速115キロ出していたよ」と言い始め、検証もなくゴリ押しで、その証言を正とする描写が飛び出してきて受容しきれなかった。

終章:完走した感想

「死ぬまでに観たい映画1001本」に関する自問自答

実際に「死ぬまでに観たい映画1001本」掲載作をすべて観てみると、多くの映画の参照元になっていることに気付かされる。例えば、バビロンで引用される『ジャズ・シンガー』や『サンセット大通り』、『雨に唄えば』、などといった作品はこの本に掲載されている。また、ソウルフル・ワールドの階段のシーンはパウエル=プレスバーガー『天国への階段』をかなり意識しているだろうし、多くのミュージカル映画で使われる万華鏡のような描写は『四十二番街』でのバークレー・ショットを活用していることが分かる。

一方で、掲載理由がよく分からない作品も少なくない。ノルウェー映画『野良犬たち』を例にしよう。これはグリーンランドの小屋で精神がおかしくなっていく人たちを描くサイコスリラーだ。

『野良犬たち』は文明社会に暮らす普通の人間が束縛から解放された時、いかに行動するかを検証したものだ。

「死ぬまでに観たい映画1001本」より引用

と書かれているが、それなら『シャイニング』で十分ではないのか?

もし、北欧のスリラー映画枠で入れているのであればデンマークで大ヒットし、ハリウッドリメイクされた『モルグ/屍体消失』を入れるのが相応しいのではないかと思わずにはいられない。

ただ、「死ぬまでに観たい映画1001本」を観ていく中で生まれるこの手の疑問は、新しい映画に出会うために必要なプロセスだと言える。映画は本数か質かといった議論がよく行われる。無論、本数マウントは分断を引き起こしたり、他者が本来出会うべき傑作から遠ざけてしまうリスクを抱えてしまうので、不特定多数を前に仕掛ける問いではないと感じている。ただし、自分のスタンスとしては、新しい領域に行くためにはある程度の本数が必要となると考えている。苦手なジャンルであっても、新しい発見があったり好きな作品に出会える可能性があるからだ。

実際に、「なんで掲載されているんだろう」と実験映画を観ていくうちにマイケル・スノウ監督の魅力に気づいたり、苦手だったアルフレッド・ヒッチコック作品と和解した。『アイス・ストーム』に関しては、映画自体は退屈だったものの、物語の中心に『ファンタスティック・フォー』があり、ひょっとしてアン・リー監督が『ハルク』を手掛けたのはアメコミ好きだったからなのでは?といった発見が得られた。

運命の一本としての『David Holzman's Diary』

そしてなんといっても、David Holzman's Diaryとの出会いはYouTube動画研究の道を開いた。こればかりは「死ぬまでに観たい映画1001本」に出会ってなければ絶対に到達できなかった。半世紀以上前に、YouTube動画のような映画が作られていたことはもちろん、ここまで立体的に空間を捉えながらカメラに向かって語るYouTuberは果たしているのだろうか?映画を紹介するYouTuberでも、『David Holzman's Diary』に匹敵する空間構図の取り方をしているチャンネルが少なくこれは研究しがいがあるぞと追っていくきっかけとなった。

『David Holzman's Diary』の立体的な空間構図(KINO LORBERサイトより引用)
『David Holzman's Diary』の家具配置とVTuberの配信画面を参考に、
ながみちながるさんにYouTube配信画面を描いていただきました。

気がつけば、VTuberとして活動するようになった。背景画は敬意を込めて『David Holzman's Diary』をイメージしたものを用意した。

「死ぬまでに観たい映画1001本」は私にとって青春であった。

次なる2つの目標

さて、全作品を観た次はどこへ向かうのか?

個人的には以下の2つをやりたいと思っている。

・「死ぬまでに観たい映画1001本」別の版に掲載されている未観作品を全て観る
・カイエ・デュ・シネマベストテン選出作品を全部観る

何本か入手困難な作品はあれども、不可能ではないと思ったからだ。

映画は《シュレディンガーの猫》

他人の作ったリストをマラソンする最大の利点は、自分では選ばないような作品を観ることになる点にある。

Knights of Odessaさんの言葉より引用

とKnights of Odessaさんが語っている通り、誰かの作ったリストは自分の知らない世界を教えてくれるのである。映画は《シュレディンガーの猫》であり、観るまで面白いかどうか分からない。たとえ、苦手ジャンルであっても年間ベスト、生涯ベストになる可能性があるのだ。でも自ら進んで苦手ジャンルに足を突っ込む勇気はなかなか起きないもの、社会人になると可処分時間がグッと減ってくる。それだけに、2時間かけて苦手ジャンルを観るのは腰が引ける。そんな自分をリストが後押ししてくれるのである。

「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソン走る方へのアドバイス

もし、映画が多すぎて観たい映画を決められないのであれば、「死ぬまでに観たい映画1001本」掲載作品を追ってみてはいかがでしょうか?きっと面白い作品に出会えることでしょう。

ただし、Knights of Odessaさんや私に憧れて一気に全作品を追うことはやめた方がいいと思う。また、観た映画の感想を全部SNSでアップしようと思うことも危険だ。途中で辛くなって挫折するだろう、Twitterで挫折者を多く見てきたし、私自身、辛くなった時期が何度もある。

最後に、今のバージョンがどうかは分からないが、少なくても2011年版で走る方にひとつ重要なアドバイスをする。

それは……

《絶対に索引の頭から観ようとしてはいけないこと》

だ。

何故ならば、いきなり鑑賞難易度がSランクのアークエンジェルと対峙することになるからだ。しかもこれだけではなく、最初20本の中に『アイリーン・ウォーノス:セイリング・オブ・ア・シリアル・キラー』、『青い凧』と入手が難しい作品が控えている。ラスボスといきなり出会い、映画が嫌いになっては元も子もありません。自分が興味ある作品から観ていくことを推奨する。

そして、掲載理由が分からない作品にぶつかった際には、下記の副読本を併せて揃えておくと理解が深まることでしょう。

▲『クール・ワールド』や『David Holzman's Diary』などの詳細な分析がされており、面白いです。

▲とっつきにくいサイレント映画について学べます。アベル・ガンスの章を読むと、伝記映画化してほしいと思うぐらい惹き込まれます。

▲ドキュメンタリー映画の見方や観点の参考になります。

最後に

ということで
長い長い旅の終わりに書いた
長い長いウィニングランを終えるとしよう

2023年3月14日(火)9:30頃
「死ぬまでに観たい映画1001本」フルマラソン完了

【おまけ】

▲Knights of Odessaさんに完走した感想&印象的だった作品を語っていただきました。

FIN




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