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『オン・ザ・ロード』感想※ネタバレ

 noteの企画#読書の秋2022の推薦図書に私のバイブルとも言える『オン・ザ・ロード』が選出されていた。学生時代、「モーターサイクル・ダイアリーズ」や「イントゥ・ザ・ワイルド」などといったロードムービーが好きで、高校3年生の夏には一人でヨーロッパを旅していた。

 そんな私が、ふと手にとって惚れ込んだ小説がジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』だった。自由奔放に生きるディーン・モリアーティに導かれるように路上へ飛び出すサル・パラダイス。ジャズのように即興で、一期一会の出会いをしながら青春のページを刻み込む文体に夢中になった。行動的だが少し引いたところから見てしまい、全力で旅に向かい合えないサル・パラダイスの姿はどこか自分と重なるところがあり、気分が落ち込んだ時に読み返す。

 今回、「 #読書の秋2022 」の企画を知って再読してみたところ、新しい発見があったため、感想を書いていく。なお、核心に触れるため『オン・ザ・ロード』に触れてから読まれることをオススメする。

パラダイスを去る者に気づかぬサル・パラダイス

 本作は、4つの旅とエピローグからなる5部構成の物語となっている。それぞれのエピソードにおける、サル・パラダイスとディーン・モリアーティの関係を掘り下げていくと、輝ける青春の終わりの寂しさや痛々しさが心に突き刺さるものとなる。

第1部:常に道の先を行く者

 第1部では噂の人物であるディーンと出会い、そして彼に惹かれるように路上へ飛び出すサルが描かれる。友人チャド・キングから見せてもらった手紙でディーンのことを知る。ニューメキシコの少年院から送られてきた手紙には、「ニーチェについて知っていることを全て教えろ」と書かれており、どんな奴なんだろうと興味を示すところから始まる。ある日、彼が近所のアパートに転がり込んでいると知り訪れるとパンツ一丁でお出迎え。その強烈さと、突然ショーペンハウアーの二分法が…とインテリじみた発言をする様子にサルは衝撃を受けた。この時、サルは下記のようにディーンを分析している。

要するに、本物の知識人になれるかもしれないというすてきな可能性にとりつかれた少年院出のチンピラにすぎず、小耳にはさんだ「本物の知識人」の口調と用語を混ぜて話すのが好きなだけだった

p13~14より引用

 そんな彼の背中を追いかけるように路上へ飛び出す。インテリへの渇望を抱くディーン。しかし、彼はどんな場所でも溶け込め、それとなく振る舞うことができる。学校の中じゃ遭遇しないものを彼は宿しており、サルはそこに惹かれた。路上へ飛び出すサルだが、ディーンはとにかく早い。常に自分の数歩先を走っており全然追いつけない。ヒッチハイクひとつとっても戦略が必要で、無数の人を相手に失敗したと思わせない振る舞いをしなければならないのだ。やがて、波乱な道中に慣れてきて、映画の脚本携えハリウッドに飛び込んだり、競馬で荒稼ぎしようとしながら、学校にはない自由を手にしていった。

第2部:近くて遠いディーン

 第1部では、少し内気なサルから見て行動的で目指すべき方向を示す存在、ある種の信仰の対象としてディーンが存在した。そのため、時折サルの前に現れ次の道を示すような役割を担っていた。
 
 第2部になると、サルはディーン一味と行動を共にすることとなる。ディーンは妻メリールウと仕事仲間でありレイオフされたエド・ダンケルと共に行動する。ディーンの横から路上の人生を見つめることとなる。しかし、彼はディーンに追いついていないことに気付かされる。

そのつぎは道路で駆けっこ。ぼくは、100を十秒五で行ける。やつは風のようにぼくを追い越していった。走っているうちに、ディーンはこんなふうに人生を走り抜けていくのかも、と奇怪な幻覚が見えてきた

p246より引用

第3部:「過去の楽園」へ誘惑するサル

 第2部でディーンとメリールウに別れを告げた後、ふたりを渇望しながら彷徨っていたサル。やがてディーンの家へ辿り着く。ディーンはカミールと結婚し、娘もいた。しかし、家庭は崩壊寸前であった。カミールに家事を押し付け、愛人メリールウと不倫をしているのである。彼女はサルが現れたことで怒りが頂点に達し、ディーンと共に家から追い出す。ある種、学校からサルを路上へ導いたディーンを描いた第1部と対になる物語となっている。

 サルにとってディーンは「路上の存在」で固定化されている。彼は信仰の対象であり、自分の道を示してくれる存在だ。ディーンは路上を去った。家庭を築き、「大人」になった。しかし、過去のイメージのままでいるサルは路上という「過去の楽園」にディーンを誘惑し、押し込めようとしてしまうのである。

第4部:路上は「ぼく」になった

 今までアメリカを横断しながら物語が紡がれていったが、第4部ではメキシコ・シティを目指して縦断する物語となってくる。路上を駆け回ることで自由を謳歌し、一期一会の出会いをジャズのように即興的対話を交えて楽しむディーンの生き様に羨望の眼差しを向け続けてきたサルは遂に路上と一体化する。

車の上に横になって黒い空を見上げているのは、夏の夜、閉じたトランクのなかに横になっているようなものだ。生まれて初めて、気候というものが、ぼくに触れてくるものでも、ぼくを愛撫するものでも、震えあがらせたり汗をかかせたりするものでもなくなって、ぼくそのものになっていた。大気とぼくは一体になっていた。

p471より引用

 あれだけ、気候や激しい道中にてんやわんやしていたサルが、悟りを開いて自然をありのままに受け止めながら旅をしているのだ。しかし、輝ける青春の終わりは発熱と共にやってくる。

第5部:しかし、気にしない、道(ロード)こそ命だから。

 メキシコへの旅が終わり、ディーンと再会する。狭いアパートに行くと、ディーンはプルーストの本を持っていることが分かる。彼は再会までの間にプルーストを読み込んでいたと語る。また、かつてなら離婚するにも路上の旅をしてから別れたであろう。しかし、今や飛行機でサクッと移動し離婚手続きを終わらせている。サルがディーンに眼差しを向けている期間、彼は三度結婚し、二度離婚した。ディーンは完全に大人になってしまったのである。かつての青春はもう過去のものとなった。サルだけが路上に取り残されているが、彼はそのことに気づかず物語は終わる。

「しかし、気にしない、道(ロード)こそ命だから。」

と言いたげに。

憧れは我々を盲目にする

 人生を歩む上で目標は必要だ。目標とは、自分が目指す方向である。自分の今いる場所と目標との差を知り、それを埋めようとすることで成長していく。目標を具体化していく中で憧れの存在が生まれるだろう。

 サル・パラダイスの場合、破局、病気と不幸続きだった彼にとって「ないもの」を持つ存在としてディーン・モリアーティがいた。彼の破天荒さ、自由さは、内なる箱に引きこもっていたサルにとって脱出の鍵を担っており、「憧れの対象」となった。しかし、ディーン・モリアーティはひとりの人間である。人間は成長する生き物だ。固定化された憧れに対して、ディーンは成長するため、そこに乖離が生じてくる。

 ディーンはサルの先を常に走り、やがて家庭を築く。仕事や家族関係と折り合いをつけて前進している。一方でサルは路上に魅せられたまま「憧れの対象」としてのディーンになり、それを保とうとする。輝ける青春の楽園を前に盲目となってしまうのである。

 これは20代後半を迎えた自分にとって、ヤスリで擦られたようなヒリつく痛みを感じる。周囲を見渡すと、結婚し家庭を築く者、事業で成功する者の姿が見える。そんな旧友の姿を前に自分はどうなのか、どうあるべきなのかを模索する時期にある。過去や憧ればかり見るのではなく、現実を見つめる必要があるのでは。社会人になって読み、高揚感ある文体の中にある翳りに味わい深さを感じた。

 『オン・ザ・ロード』は、自由にしがみつき、いつの間にか周りが大人になってしまう切なさを即興の業火で焼き語った青春のバイブルである。


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