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カゼの憧憬。(クロノ・トリガー)

秋が近づいてきた寒い日に、ムスメが初めて学校を休んだ。熱は下がっていたけど、翌日が運動会だったから無理をさせずに休ませたのだ。

学校への連絡を終えたあと、「あーあ、休んじゃった。学校に行きたかったな」。そうムスメがつぶやく。なんていじらしいんだろう。そう思うと同時に、心がチクリと痛んだ。

僕はあまり病気にかからないほうで、小学校と中学校を通じて皆勤賞だった。親が「皆勤賞だったらゲームソフトを買ってあげる」と言うものだから、絶対に休むものか、と心に決めたのだ。……40歳になったいまと、行動原理がまるで変わってないな。

「パパは、学校を1日も休まなかったんだよ」。小学校に上がる前に、そんな話をしてしまったのがいけなかった。「じゃあ、わたしも休まず学校に行く!」。そうムスメは応えてくれて、がんばれよ、と僕も返した。そのときは。

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皆勤賞だったけれど、1日だけ小学校を早退したことがある。1995年の3月だから、10歳のころか。なぜ覚えているかというと、『クロノ・トリガー』が発売したばかりだったからだ。

その日はなんだか熱っぽかったけれど、保健室には行かずに、ずっと教室で授業を受けていた。でも、よほど顔色が悪かったのだろう。5時間目の終わりに、担任の先生から保健室へ行きなさいと促された。

熱はそんなにないけど、頭がぼーっとしていて咳も出る。そんな状況なのに、「大丈夫です。6時間目までやって帰ります」と、僕は保険の先生に訴えた。とにかく必死だった。なにせゲームソフトが懸かっているのだ。

「6時間目は委員会活動だから、早退扱いにはならないよ。皆勤は続くから安心して。だから、早く帰って休みなさい」。事情を察した先生からそんなふうに言われてようやく、僕は帰る気になった。

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しかし、話はそれだけではない。なんと僕は、早退してランドセルを家に置いた直後、自転車で友人Kの家に向かったのだ。先生からは帰れと言われたけど、友だちの家に行っちゃダメとは言われていない。そんなバカみたいな理屈でね。……バカみたいな、というより、単なるバカである。

Kがプレイするゲームを、茶々を入れながら横で眺める。なかなかソフトを買ってもらえなかったから、実況プレイを見るようにゲームを楽しんでいた。そしていまは、『クロノ・トリガー』が出たばかりなのだ。未来の世界に着いて、その先が気になってしょうがない。Kにひとりで進められると、重要なイベントを見逃してしまう。急がなければ。

クロノ・トリガー』公式サイトより

やがてKの家に着き、大急ぎで自転車を降りて、ドアをドカンと開ける。さあ、『クロノ・トリガー』やろうぜ!

部屋から出てきたKはさすがに驚いていた。「大丈夫なん!?」と言われたから、「大丈夫、だいじょーぶ。元気になったよ」なんてうそぶいて、家に上がりこんだ。ちょうど、ロボがほかのロボットからリンチされるシーンに遭遇して、「やりすぎだろ!」と大笑いしたっけ。

ただ、Kもいろいろ察したのか、いつもより早く、1時間くらいで遊びはお開きになった。「もうご飯だわ」と言われたら、こちらも追いすがるわけにはいかない。おとなしく帰ることにした。まだちょっと熱っぽかったけど、帰りの自転車の運転はなんとかなった。

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なるべく普通を装って家に帰ったのだけれど、家族が玄関の前に立って帰りを待っていた。どうやら学校から電話があったらしい。おいおい先生、そりゃないぜ。でも、あの様子を見たら、そりゃ親にも連絡するよなあ、といまは思う。

家族みんな、とても心配していた。当たり前だ。なんのために早退したのだ。もしムスメが同じことをしたら、私も切々と叱ることだろう。親父からは「なに考えとるんや!」と、いまでも殴られそうな勢いで、めちゃくちゃに怒られた。ふだんは怒らないばあちゃんも、めずらしくカンカンだ。妹からは白い目で見られ、母親も庇ってくれない。

家族が心配を通り越して呆れる中で、ロボの痛みはこんなもんじゃないよな、と思いながら耐えていた。……つくづく、単なるバカである。

リビングに敷いた布団に入ってヒマそうにしているムスメの頭を、ゆっくりとなでてやる。いいんだよ。休んだっていいんだ。パパはね、カゼをひかなかったわけじゃない。カゼをひいたけど、ムリして学校に行っていただけなんだよ。それは昔もいまも、やっちゃいけないことだ。

毎朝、学校に行ってくれるだけで、どんなにうれしいか。元気な日は学校に行って、元気じゃない日は休む。それでいいんだよ。そう伝えると、まろやかに「わかった」とつぶやいて、やがて寝息をたてはじめた。

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親の言葉は、時として、こどもの呪いになってしまう。自分が苦労せずやってきたことや、無理やり達成した成果を、よいところだけ切り取って、自慢げに話してはいけない。自分のバカに、子供を巻き込んでどうする。

つねに正しい道へ導くべきだ、なんて堅苦しいことを言うつもりはない。だけど、物事の片面だけを伝えて、誤解させるようなことはしたくない。そんなカゼの憧憬を抱かせてはいけないのだ、僕は。

これからもっと寒くなるから、あったかくして寝ようね。ムスメの寝顔を眺めながら、僕は厚めの毛布を取りに二階へと向かった。

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