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後藤健太『アジア経済とは何か』

※2020年2月1日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 日本企業一極の時代から、中国の台頭、生産分業の高度な発達へと変わってきた戦後の東アジア、東南アジアの産業構造をコンパクトにまとめた本です。

 途上国の産業は輸入に頼っていた製品を国産化するところから始まり、輸出産業へと成長するプロセスをたどるという「雁行形態論」が知られています。資本集約型産業を比較優位化させると、労働集約型産業の生産はより人件費の安い後発国に拠点を移して(つまり対外直接投資をして)いくようになります。これを後発国から見ると先発国に追いつくようにして産業を発展させる形になるので「キャッチアップ型工業」と言われます。

 20世紀アジア経済はまさにこの理論をたどるように発展してきました。日本では1950年代に繊維産業が主要輸出品となり、60年代に鉄鋼、70年代にテレビへとより資本集約的な産業に移っていきます。アジアNIEs諸国の主要輸出品は日本にキャッチアップする形で60年代に繊維、70年代に鉄鋼へ、さらに先進ASEANが続いて70年代に繊維産業が輸出産業に発展する、という経路です。この間、冷戦構造で西側諸国と対立し、経済的にも溝ができている中国はアクターとして登場せず、改革開放が本格化する90年代を待たねばなりません。

 90年代以降はITの発達で国際分業のあり方が産業ごとから、製造工程ごとへと移行します。各国が労働集約、資本集約、知識集約のどれに比較優位があるかで分担するため、日本は製品の企画デザインと、マーケティング・流通という付加価値の高い工程を担ってきました。

 しかしその後台湾や中国の企業がノートパソコンや液晶テレビなどで台頭します。これは産業が、すべての工程を最終製品の質向上のために企業間で擦り合わせながら行う「インテグラル型」から、汎用的な部品を組み合わせて製品を作る「モジュラー型」へと移行したことが影響しています。

 著者は工程分業の流れの中で、日本がいかに他では得られない役割を担う、つまり「選ぶ」側から「選ばれる」側へシフトしていくことが必要と指摘します。

 著者が望みを見出すのは「経済複雑性指標(ECI)」が30年以上にわたり日本が1位である点です。ECIはその国の経済が持つ生産の知識が多様でかつ希少なものであれば高くなるものです。他にはない強みを持つ日本には、各国と連携する多様性を確保し、グローバル・バリューチェーンに積極的に組み込まれることが必要と訴えています。

 鍵概念の分かりやすい解説と、その具体的実例の紹介がバランス良く盛り込まれており、アジア経済の変遷を概略的に理解できます。中国の台頭を前にした日本の凋落という絶望的で抽象的なイメージに補助線を与え、現在の日本がどんな状況に立っていてこれからどうすべきなのか見通しやすくする足がかりに貢献する本になっています。

(中公新書、2019年)


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