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杉田弘毅『アメリカの制裁外交』

※2020年3月20日にCharlieInTheFogで公開した記事「見た・聴いた・読んだ 2020.3.23-29」(元リンク)から、本書に関する部分を抜粋して転載したものです。


 アメリカが近年濫発している経済制裁は、かつての貿易制裁(禁輸など)から資金の流れを止める金融制裁に移行しています。この金融制裁がいかにしてアメリカ外交政策の中心に躍り出て、どのように使われどんな弊害が起きているのかをまとめた本です。筆者は共同通信テヘラン、ワシントン両支局長、論説委員長などを歴任したジャーナリストです。

 ドルを使った国際取引では民間銀行を通じてニューヨーク連邦準備銀行を経由することが必須になります。アメリカの金融システムに関する管理権はアメリカにあるので、テロ組織が自国の金融システムにアクセスすることを防ぐという名目で資金凍結や外国為替取引の停止といった金融制裁が可能になります。

 貿易制裁はできるだけ多くの国の一致した制裁参加が必要で、抜け道の生じやすい政策です。一方で金融制裁は、国際取引のインフラであるドルの流れをアメリカの一存で止めることができる点で使い勝手がいい。貿易制裁主流の時代には国際普遍主義の観点から異論を唱え暴走を抑制することもあった西側諸国ですら、アメリカに付くか否かを迫られてしまうのです。

 金融制裁が主流になる契機はアメリカ同時多発テロ(本書では共同通信の用語に合わせて米中枢同時テロと表記)。この時、ブッシュ大統領が全ての省庁に対テロ戦争政策を求めます。安全保障政策で目立つことのなかった財務省による金融制裁のアイデアは、その後の21世紀のアメリカ外交を規定する強力なものとなりました。

 しかしその割には、イランや北朝鮮の例が象徴的ですが、相手の政策を変更させるに至るような効果を得られていません。制裁にあたっての粘り強い交渉や、明確な制裁解除条件の設定などといった、制裁に効き目をもたらすための下地を整えていないからです。さらにテロ対策を名目としていることもあり、疑わしきを罰してしまう傾向も強く、多くの冤罪を生み出しています。

  著者は、アメリカが国際協調体制を再び整えることが必須だと訴えます。外交的効果を上げているといいにくい金融制裁は、制裁対象国や、取引のリスクを考えて先進国が引き揚げてしまうような途上国の国民にしわ寄せが来てしまう弊害の大きさが明らかになっています。さらに鋭い指摘だと感じたのは、金融制裁の濫発はドルの国際通貨としての優位性を脅かしかねないということです。使い勝手が損なわれるドルを回避する動きが実際に生まれつつあるからですアメリカで取引をしていない中国企業によるイランからの原油輸入や、ユーロ建てやバーター取引で貿易を刷る英仏独の貿易取引支援機関、さらには仮想通貨もこうした動きの一つとして見ることができます。

 安易な対外政策に頼る内向き志向からアメリカが脱却する日が来るのか、脱却できずにドルの覇権を自ら削いでしまう結果をますます招いてしまうのか。その分かれ目に世界が立っていることを示す、好著です。(岩波新書、2020年)


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